だんだん風越 2021年8月24日

学園説明会「”つくる”ってどういうこと?」(後編)

かぜのーと編集部
投稿者 | かぜのーと編集部

2021年8月24日

8月4日(水)、5日(木)、7日(土)に学園説明会を開催しました。

残念ながら今年もオンラインでの開催。今回は、私たちが大事にしたいと思っている『つくる』『まざる』『「  」になる』は、改めてどういうことか。実際に起きているエピソードをもとに、岩瀬(校長・園長)と本城(理事長)とスタッフが話をしました。

初日の4日に「”つくる”ってどういうこと?」で話された、岩瀬・本城・青木将幸さん(青木将幸ファシリテーター事務所・軽井沢風越学園 評議員)の内容をお伝えした前編。

後編では、スタッフが考える「”つくる”ってどういうこと?」をお届けします。まずは、甲斐崎片岡曳田の3人です。

手前から、甲斐崎(KAI / アドベンチャー)・片岡(とっくん / 前期)・曳田(ゆうこりん /後期・3,4年LG)

甲斐崎

まず、昨年4月に開校してから、子どもや保護者と一緒に「つくろう」としたことがすごくたくさんありました。たとえば、行事がない、学びの形も細かくは決まっていない。生活のルールも最初からはなくて、全部少しずつつくっていった。 まず、学びをつくる話からしましょうか。昨年度は、新型コロナウイルスによって、いきなりオンラインでのスタートで、どうやっていく?とスタッフもすごく苦労した。 僕は去年前期の1,2年生を担当していたが、カリキュラムをつくるために、毎週時間割を変更し、試行錯誤をひたすらやっていきました。スタッフで話し合うのはもちろんのこと、保護者にも参画してもらって、次はこういう形でやろうと思うんだけどどうですか?、こうやったけど、その後の子どもの様子はどうですか?と、やりとりを重ねていました。特に、オンラインの学習は、実際に子どものを見ていただくのはおうちに一緒にいる保護者だったので、保護者も子どもの学びを一緒に考えていきましょう、ふりかえりも一緒にしましょう、というスタートでしたね。昨年度はこんな感じでしたけど、今年はどうですか、とっくん。

片岡

2年目を迎えるにあたって、改めて僕たちはどんなカリキュラムをつくっていきたいのか、子どもたちにどんな経験をしてもらいたいのか、これまでつくってきたものを吟味して考えたところ、前期の軸に「暮らし」をおきました。暮らしをつくっていくことを日々丁寧にしていこうと。 たとえば左上の写真は、年少から2年生まで64名の子どもたちがひとつの輪になって朝の集いをしているところで、去年と違うのは朝からみんな野外で暮らす時間を持っていることです。

片岡

ただ、去年の1,2年生は午前から学びの時間があったので、今年の4月に「午前中、たっぷり外で自由に遊んでおいで」と伝えても、遊べる子もいれば、戸惑っている子、遊べずに座っている子の姿がありました。自由の中で遊ぶって簡単なことではないんですよね。 それでも、日々過ごしてゆく中で、自然と自分の好きな遊びを見つけたり、幼児と一緒に遊ぶ姿が見えてきました。午後は、土台の学びの時間として読み書き・算数の時間を中心に過ごしています。 学びには、暮らしにおける様々な気づきからなる広義の学びと、教科の専門的な狭義の学びの両輪があって、1学期はこの両方を大事にやっていきたと考えています。暮らしの中で何かに出会った時に、教科で学んだことが活かされたり、暮らしの中での気づきが教科の学びにつながったりするイメージです。

片岡

とは言っても、不安はあります。教科の学びの時間が午後だけだと、計算の練習時間などが足りないこともある。だからと言って午前にも学びの時間をつくろうということではなくて、本来学びをつくっていくとはどういうことかを考えていきたいと思っています。 子どもたちの具体的なエピソードをお伝えすると、夏休み前に「何かおいしいものを食べたいね」というスタッフの提案から料理を作ることになって、1,2年生はフルーツ大福を作ったんです。

片岡

大福の皮をつくる中で、もち粉に「250ccの水を加える」と書いてあって、ここで子どもたちは「cc」という単位に初めて出会ったんですよね。「ccって何?」と調べてみると「ml」と一緒で、「じゃあmlって何?」となった。一人の子が「水のかさ」という表現を知っていて共有してくれることで、みんながそれにも出会う。 教科書を見てみると、水のかさについて学ぶのは、小学校2年生です。風越学園の子どもたちは、体験を通して出会い、学び、それをきっかけに他の単位はどんなものがあるか、他のものってどう測れるかということに繋がっていくんじゃないかというちょっとした手応えがあります。

甲斐崎

具体から抽象にいくって、面白いね。普通は学んでから具体の場面で使うことが多いけど、風越学園では暮らしや生活の経験から先に学んでいく。

片岡

でもこればっかりだと、学習指導要領のこの内容には触れてないよね、みたいなことが絶対にでてくる。それをどう扱うか、向き合っていくかというのは、夏休みの間スタッフたちで改めて話しているところです。

甲斐崎

たしかに今回、大福をつくるのに出会った「cc」や「ml」。大人は次は「dl」や「ℓ」も知ってほしいと思うけど、子どもたちは別に興味ないんだよね。暮らしからつくる学びには、そういう難しさはある。

片岡

「dl」とか、日常では使わないしね。そういうところは難しいなと思っています。改めてカリキュラムのつくり方について、この夏に勉強してるんですけど、今の問題を解決しても次の問題が出てきて。考え続けることが多分大事だけど、途上でやり続ける、未完成であり続ける、つくり続けるって、まあ苦しいなーと思うこともありますね。

甲斐崎

今は教科的な学びの話だったけど、自分の「したい」や「問い」から始まるプロジェクトの学びについても話してみましょう。 去年は、前期でもセルフビルド(現:わたしをつくる)という時間を持ちました。ハマる子はハマるけど、2/3くらいの子たちは何やってるかわからない感じ。要するに、自分の「したい」が、なかなか見つからない。1,2年生くらいだと、まだ探究というよりは探索的で刹那的なんですよね。昨日思っていたことが、今日は違うみたいな。ググッと探究のフェーズに入るのが難しかった子もいましたが、それでも「したい」から始まる自分の探究をやってみて、それなりの手応えを掴みました。今年はどう?

片岡

今までだったら、期間とゴールを決めてプロジェクトをやってみる。でも今年は、いろんな暮らしを積み重ねる中で、同じようなことが絶えずあっちこっちで起きている。これやりたい、やってみようで始まっては自然消滅していくものがたくさんあるなと思っていて、それらをプロジェクトと呼べるかはわからないけれど、ただ暮らしを積み重ねていく中で探究につながっていける兆しのようなことが無限にあるなとは感じています。

甲斐崎

後期は、今年の探究の学びはどんな感じですか。

曳田

去年のセルフビルド、今年の「わたしをつくる」はスタッフみんなが悩んでるんじゃないかなという時間で。中には、手応えを持って自分のやりたいことに取り組んでいる子もいるけれど、みんなではない。

曳田

さっき探索という言葉が出たけれど、探索しているといえば探索。でもいつまで続くのか私たちも見えないから、なにかさせないといけない、なにか没頭させたほうがいいんじゃないかと思って、待てなくなっちゃうことがあるなと思います。 今年の「わたしをつくる」はどういう時間なのかということを、子どもに伝えたり、一緒に考えたりしてきたけど、子どもたちはいくら言葉で説明してもわからなくて、何かに没頭する経験とか、プロジェクトをやりきったという経験をすること以外に、この時間をわかっていくことはできないんじゃないかなと最近感じています。没頭する感覚って言えばいいのかな。それを持てるといいなと。 そのために、子どもそれぞれにパートナーとして専任のスタッフがついているんだけど、パートナーとしてどういう関わりをするといいのかというのは、ずーっと悩んでます。したいことや没頭できることが見つけられていない子に対して、どんなアプローチをしたらよいかというのは、スタッフの多くがもっている悩みだと思います。「わたしをつくる」の時間にパートナーの子が手持ち無沙汰にパソコンをいじっていたり、ひとめにつかないところに隠れていたりするのを見ると、どうにかしなくちゃと思ってその子の興味があることを探ったり、「それはこの時間にやることかな。」なんて言っちゃったりするのですが、これが本当にパートナーの在り方なのかと自問自答する日々が続いています。

甲斐崎

なるほど。ここからは、生活をつくる、学校をつくるという文脈でかざこしミーティングの話をとっくんからお願いします。

片岡

自分たちで自分の学校をつくっていくということを考えた時に、よりよい風越をつくるための日常的な対話ができる場をつくるということにチャレンジしはじめたのが、かざこしミーティングです。

片岡

たとえば、かざこしミーティングから始まった動きの一つが掃除で。汚れたり、整っていない校舎の現状がいやだという気持ちから、自分たちが掃除をするだけでなく、掃除の時間が設けられて今でも続いています。 でもその一方で難しさもいっぱいあって、校舎を整えたいという意識を持っている子って、そんなに多くないんですよね。学校の問題をみんなの問題としてどう共有していったらいいのか、共有する必要がないのか。つくるという過程の中で、問題とどう向き合ったらいいのかなと、悩んだりします。

甲斐崎

新しいものをつくる上で、掃除ってこういうものだ、運動会ってこういうものだっていう先入観や思い込みがある。そういう既存のものに引っ張られちゃうこともあるよね。でも、それだと意味がない。 子どもも経験に引っ張られることがあるよね。そういう子どもの意識を変えるのって大人の役割でもあると思っていて、「そうじゃなくて。何のためにやるの?」「どんな形が本当はいいの?」という関わりが大事だなと思います。「これまで経験したことじゃなくて、新しい形をつくろうよ」って。

片岡

右下の写真は、今年の4月全校で集まった時の「お知らせタイム」という時間の写真で。スタッフも含め、「今こういうことに困っています」「こんなことしました、見てください」ということをみんなにお知らせする時間なんだけど、僕はこの時間をすごい大事だなと思っています。 というのも、300人近く、しかも幼稚園の年少から8年生(中学2年生)までいて、校舎の中で過ごす人、屋外で過ごす人といると、風越学園の全員を感じる場ってほとんどないんですよね。みんながどういうことを思って過ごしているのか、どういう問題意識を抱えているのかをなかなか交換する機会がない。そういう声をあげられる場をかざこしミーティングの中でつくっています。

甲斐崎

かざこしミーティングって、まさに「つくる」ことがコンセプトだよね。学校って、学級委員会や児童会が決めるというのが普通だけど、ここだと「自分たちの学校だ」というオーナーシップがみんなに育っていく。今、コロナでなかなか難しいけれど、保護者や地域の人が関わるかざこしミーティングができたら、ここからさらにグッとムーブメント起きるような気がします。 最後に、ゆうこりんから「ホームの安心安全な場をつくる」みたいな話も聞きたいな。

曳田

後期の子どもたちは風越学園の中で、ホームやラーニンググループなどいろんなコミュニティに属しているんだけど、どのコミュニティでも子ども自身が自分たちの居場所をつくることから始めることが大事だなというのを思っていて。今年度、私が担当しているホームも、子どもたちが自分たちの居場所をつくることから始めました。 たとえば、朝と帰りの集いをどうつくるのかを子どもたちと一緒に考えてきたし、ある8年生の子が「一人ずつとじっくり出会う時間がほしい」とペアトークをホーム全員の子と20分ずつやりたいと提案したことで、その時間が今も続いていたりする。 去年一年の経験が活きているんだろうなと感じているんだけど、それぞれが得意なもの、好きなものをみんなとシェアしたりもしていて。

曳田

左上の写真は8年生が星座の講座をやってるんだけど、他にもフランス語を教えてくれる3年生がいたり、トレランの楽しさを語る子がいたりします。 右下のように算数の時間に異学年だけど同じホームの子がぴったりくっついて算数をみてる姿もあって、安心安全なコミュニティを異学年でつくっている。3年生がお兄ちゃんに憧れるみたいなことも結構起きていて、「一緒にどっか行きたい」みたいな信頼感もあるんだよね。 ホームプロジェクトでは、「みんなで田んぼに行きたい」という声から、田んぼに行きました。みんなが行きたいというわけではなかったんだけど、行く前に嫌がっていた子も実際に行った後は晴れ晴れしていて。誰かのしたいに乗っかってみる、それを尊重してみるみたいな経験が、ホームの中でもたくさん積み上がっていってほしいなと思う。そして、いやだという気持ちも表現できるのも大事だなと。

片岡

それ大事だよね。みんながその気持ちに乗っかっているわけではない。やりたくない、いやだという人の気持ちをどう扱うかというのは難しいよね。結果として現れたいい方にひっぱられるんだけど、でもそのかげにはそうじゃなかった子も 必ずいると思った方がいいなと思ってて。 KAIさんもよく言うけど、経験させるということも大事だったりするじゃないですか。でもどっちかに振り切るのもダメだなって。つくりきっちゃったらだめなんだろうな。

甲斐崎

つくり続ける、変態し続ける。最後に「つくる」を改めてどう思ってるか一言ずつ話して終わりにしましょうか。

片岡

つくるって、なんだろう。さっきゴリさんたちが「つくるって動詞である」という話をしていたけど、何を、何のためにということも常に変わり続けるんだよなあと。そういうプロセス丸ごとと向き合い、衝突や葛藤、矛盾にも価値を見出せるといいなと思っています。

曳田

つくり続けていくって不安があるけれど、混沌としていることや迷っている自分、今起きているカオスも楽しめるといいな。不安だからつい解決したくなっちゃうんだけど、そこも含めて楽しめる自分でいたいなといつも思っています。

甲斐崎

つくっているものやことではなくて、プロセスがすごく大事で、今何かつくってるけど、それは体験で未来につながる何かをつくっているんだと思っています。風越のつくる体験が、彼らの未来の何かをつくろうとしている。それがつくるということじゃないかなと思います。


続いては、岡部寺中村上による「”つくる”って、どういうこと?」です。

寺中

まずは、岡部(こぐま)にどんな場面で子どものつくるに関わっているか話してもらえたらと思います。

岡部

僕は、ものづくりの中心基地であるラボの担当をしていて、大きく関わっているのは、実際のものに関わるつくる学びです。風越の中にはこんなつくる学びがあると考えています。

岡部

幼児の子どもたちは、自分たちの生活の場に必要なものをつくったり、あとは泥や葉っぱなど森の中にあるものをつかって遊びの中でつくることを常にやっている。後期の子たちは、人によって違うけれど、これくらいつくる時間が一週間の中にあります。

岡部

それぞれがつくりたいものをつくりにラボにくるから、幼児から8年生まで異年齢の子どもたちが混ざりあいながら、となりは何しているのかなと空気で感じとりながらつくっているのが、ラボという場だなと感じています。 風越には、アウトプットディという自分たちがつくったもので発表する日があるんだけど、ここも発表したいものを発表しているんだよね。だから、つくった椅子を展示する子もいれば、その横には、恐竜やギターが展示されていたりする。

岡部

これは、「アウトプットディでお店をやる」と言って、自分たちでつくったお金をみんなに配って、お店を開いている様子。この子たちにとってはつくることが日常的、生活になっていて、そこにいろんな年齢の子がお客さんとして関わっているのが面白いなと思います。 ラボで、ものを使ってつくることをいっぱいしているけど、つくることの本質ってなんだろうと考えてみると、自分の手で自分の行為を通してものが変わっていく、その感覚や行為を通して、自分にその(ものを変化させる)力があること、そのものに愛着を持っていくことで想像したものができる実感を持つということだと思います。 そしてその実感を持つには、物理的現実に加えて自分の感覚が必要で、それを実現できるのが実際にものを使ってつくることの良さじゃないかなと思うし、そういうことが風越の中でいっぱい起こるといいなと思っています。

岡部

前編でマーキー(青木さん)が、つくる時の不安をどう乗り越えるか?という問いかけをしていたけれど、わくわくや楽しさから入っていくと、何をする時でも不安にはならないと僕は思っていて。 完成形から入るのではなく、自分の興味や自分が楽しいと思ったことを広げてつくっていくと、教える・教えられるの関係はうまれないし、上手い・下手も関係ない。大変なことや失敗はあるけど、わくわくしたり自分で選んだものには、それに取り組むパワーがあるんだよね。 さっき話した通り、ラボにはいろんな年齢の人がいるから、あの人がやっているのも面白そうと思うこともあるんだけど、でもやっぱり自分のものがいいなって実感もするんだよね。だから、夢中になることって個別だと思う。でもみんなとつながる良さもある。そんなことがラボで日常的に起こっています。

寺中

去年までもテーマプロジェクトやマイプロジェクトで、つくるという時間がたくさんあったけど、今年は、土台の学びである「つくる・描く」という時間を1・2年生だけではなく、3・4年生にも拡大したよね。それはなんでなんだろう?

岡部

風越学園って自由の幅が大きいけれど、去年はその自由さにとまどったり、逆に自由すぎて不自由になることもあるんじゃないかなと、3,4年生以上の子どもたちを見るなかで思うことがあって。こちらが完成形を見せたり、こうやりなと言うんじゃなくて、こんな楽しいことあるけど、やってみない?という提案から、子どもたちがやってみたくなる時間が持てたら、自分はやりたいことできるぞ、想像したものを形にすることができるぞという経験が積み重なって、土台になっていくと思う。だから、今年はその割合をもう少し増やしてみようと、今年は3・4年生も「つくる・描く」を設けました。

寺中

たとえばどんな枠組みやインストラクションで、子どもたちはその時間の中でつくるをしているの?

岡部

ワークショップとか授業ではよく、「この材料でお城をつくりましょう。」とかあると思うんだけど、そうではなくて、たとえば、色が混ざっていく、赤と黄色が混ざっていくというような遊び。それを子どもたちと一緒に見てみる、そうするとそれが混ざると、オレンジっぽいけど比率を変えると少しずつ色が違うぞとか、その中で自分がいいと思うのはこの色だなっていう、自分なりの面白さを持つ。 そこから、自分ならこんな色をつくってみようとか、その子が見つけた面白さから広げていく。どこに面白さを感じるのかは人によって違う。遊びですよね。

寺中

最小限の共通のものから、それぞれが自分の面白さを見つけてつくっていくんだよね。

岡部

そう。造形的なエッセンスから、子どもたちの興味が広がっていく。これでああいうのが描けそうだとか、どこまでももっと広がっていっていいなというのが土台。 この時間が全くなくて、こういう面白さに触れない子が出てくるのはもったいないなと思うんだよね。時間と共に色が変わる、混ぜると変わるというのは、色を塗るとか造形に終始することだけでなく、いろんなことに繋がっていくんじゃないかなと思うから。絵を描くだけではなく、生活や人生のなかに繋がっている。

寺中

だから土台の学びに位置付けたかったんですね。絵を描く、ものをつくるということだけではなく、そこではないところにも繋がっている。 村上(むーちゃん)は土台の学びの算数・数学に関わっているけど、算数・数学の時間をどんなふうにつくっているのか聞かせてください。

村上

さっきこぐまが夢中は個別といったけど、算数も同じだなと思っていて、子どもたち自身がこんなふうに学びたいというのを、まず大事にしています。 下の図は、ある8年生の子の時間割なんです。土台の学びの数学の時間が午前中にあって、もっとやりたいなと思ったら、「わたしをつくる」の時間に自分で設けることができます。

村上

算数・数学の中で、自分の学びを自分でつくるというのは、教材を自分で選び、学びを進めていきたい単元を決め、自分が学ぶ場所やテストのタイミングも自分で選ぶことです。スタッフは子どもたちが自由進度の学びを進められるように伴走します。

岡部

自由進度にすることで起こる課題もあったんじゃない?

村上

そうですね。決められた場所で、誰かに教えてもらって覚えていくとかマスターしていくという学びのスタイルではなくて、自分でテキストを読み解いて、どこが大事なのか自分で考えなくちゃいけないから、子どもたちに負荷はある。でも、自分が前に進んでいる感覚や手応えを少しずつ感じてはいるんじゃないかな。

寺中

手応えは、どういうことをきっかけに得ていくんだろう?

村上

あ、わかったかも、ぐぐっと伸びているかもという成長実感じゃないかな。そこがあると、学びへの姿勢が変わっていくなと感じています。 あとは、学びの進捗の状況がわかる計画表というものがあるんだけど、これは自分で自分の学びをコントロールする、決めていくひとつの指標になっています。学びの全体像をつかんで、自分が今どこにいて、これからどうなっていくのかという手がかりです。

村上

その子自身が変わる、伸びていくベースは、学びのコミュニティだなと思っています。 風越学園の算数・数学は、週2回は3年生〜8年生までの異年齢が同じ空間で学んでいます。その関係性の中で、聞きあったり、教えあったり。いろんな人がいる関係の中でケアしたりケアされたりしながら学ぶことが、子どもが変わっていく要素だなあと思います。

寺中

つくることへの難しさを感じている子たちについて、二人はどう見てる?

村上

難しさももちろんあるんだけれど、まずは一緒にやってみる。算数・数学の時間をどうやっていけばいいんだろうねというのを考えるしかないんだろうなあ。

岡部

毎日ラボは大盛況だけど、一方でラボにこない子もいるんだよね。すごい熱気だから入りづらいのもあるし、一からつくるのが苦手というのもあるんだと思う。 今年から「種まきの週」という、スタッフが好きなことや興味があることを子どもたちに共有する時間があるんだけど、僕は水彩絵の具を徹底的に遊んでみようと「水彩絵の具の匠」というのをやってみた。そうしたら、いつもラボには来ない高学年の子とかがいっぱいいて。みんな無言で集中して自分の色や形をつくっていた。

岡部

学びたいけど、学ぶきっかけや一歩踏み出すのに躊躇する子っているんだなと、その時思って。こういう機会ってあまり設けていなかったんだけど、このあとこれが広がっていくだろうなという感触もあったから、大人から場を持つこともどんどんやっていいんじゃないかなと思っています。


以上、スタッフそれぞれにとっての「”つくる”って、どういうこと?」をお届けしました。
目に見えるもの、見えないもの含めて、つくっては変化させるということを開校後、あらゆる場面で続けている私たちです。

(前編はこちら)

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かぜのーと編集部です。軽井沢風越学園設立準備のプロセスを多面的にお届けしたいと思っています。辰巳、三輪が担当。

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