風越のいま 2022年2月21日

「自分でつくるわたし」をつくる(菊原 美里)

かぜのーと編集部
投稿者 | かぜのーと編集部

2022年2月21日

(書き手・菊原 美里/21年度インターン終了)

これまで7・8年ラーニンググループ(LG:国語や算数などの土台の学び、テーマプロジェクトなどを一緒に行なうグループ)のスタッフとして活動してきた。4月からインターンとしてジョインし、気づけば夏休みというようにあっという間に風越での日々は過ぎていった。

そんな中、私が設計を担当するテーマプロジェクトのテーマが決まったのは夏休み。朝から7・8年LGのスタッフで夏休み以降のことをずっと話していた日だった。長時間に及ぶミーティングに少し頭が痛いくらいだったけど、みっちゃん(大作)の熱量に押されて私も楽しく話していた。

しかし、テーマ担当決めのときには、そんな気分はすっかり抜けた。自分の担当したいタームへの手あげ制を取っていたが、まずいことに「えんげき」と書かれた第4タームの担当だけが空いていたのだ。私は演劇なんてやったこともないし、しかもそれを学んだことを表現するために使うとなると余計どうすればいいのかわからない・・・けど、設計者としてテーマを作ることにワクワクする気持ちや、ここで設計することを自分で決断しないと、これからもテーマが手元にないまま風越で日々を過ごすことになりそうな気がして、「やります!」と立ち上がって挙手をした。今まで自分の自信のなさや、単純な知識不足で関わりきることができなかった、テーマプロジェクトの設計。設計するところから関わりきるのはこの演劇のプロジェクトが初めてだった。

演劇にテーマが決まった後、あさはさん(酒井)りんちゃん(甲斐)が演劇の面白さをすごく熱く語ってくれた。「劇場に行ってみようよ」、「大人の演劇をやってるから見に来なよ」とその熱に押されて自分の足が動いていくのを感じた。あさはさんに誘われた大人の本気演劇プロジェクト( スタッフと保護者が演者となって演目「親の顔がみたい」を校舎内講演をしようと進めていたプロジェクト。このような状況下で、今年の講演はかなわなかったけれど来年の講演の予定?!です )  で実際に自分が演じてみたり、演じることと向き合っていく中で、演じることや演じることについて考えることがとても楽しくなった。「演じる」と自分がカチッとはまって、誰かを演じることで自分のココロが開放されていく感覚が心地よくて、この感覚が7・8年生を変えていくんだろうなとも感じた。

でも、演じることの面白さを感じながらもテーマ設計が進まずに時間が過ぎていった。そんな私の姿に気づいてか、「菊ちゃん話そうよ」と同じグループでテーマをつくってきたたいち(井上)に誘われたのは10月中旬頃だった。そもそもどうやって題材を考えたらよいのか、題材を考えること自体あっているのか、実はそこからもやもやしている気持ちがあったけど、思っていることの5割くらいしか話せなかった。どうすればいいのか“わからない”ということを伝えることができない。

今振り返るとそれは、わからないということを知られることに恥ずかしさを感じていたからだと思う。「できない自分」を7・8年スタッフに見せるのが恥ずかしかった。わからなくなったら困ったままじゃなくて、人に聞いてみるといいと色々な人が言っていたけど、実際自分がその立場になると、わからないことが怖くなったり、わからないというところから思考停止になり、解決する選択として「聞く」という手段が頭に浮かんでこなかった。

話終わってからたいちが、「菊ちゃんの話したいことが話せる場になってたかな」と聞いてくれたんだけど、考えきれていないことや今の気持ちを伝えきれていないことがわかっていたのだと思う。これはたいちだけじゃなくて、同じLGのみっちゃんやざっきー(山崎)にもバレていたのかなって気がした。(これは本当に憶測だけど)

そこから、一度全く違う題材を案にして設計を考えてみることにした。土日も本を借りてきて、ブレストもしてインターネットで総合学習で同じような活動がないか調べてきた。だけど結果はだめ。「この案じゃいけないよね」と言われた。何がだめなのかわからないけど、話し合いの中ではどうしてだめなのか聞けない。でも悔しくてなぜだめだったのか話し合いの後にざっきーに聞いてみることにした。するとざっきーは、沢山の題材からこれをえらんだ感じがしなかったこと、時間がないからこの題を選んでいるように感じたことを伝えてくれた。

たしかに、私はこの時に、みっちゃんやざっきーが提案してくれた題材について、自分が用意できる限りで準備はしていたが、それだけだったのだ。自分で新たな題材を見つけて動くことをしていなかったし、子どもたちがどんな様子なのか全体はぼんやり見えているけど、個々がどんなことに興味・関心があるのかまで掴みきれておらず、このテーマでやったらどんな姿が見られるだろうかというようなところまで自分のなかで検討できなかった。ざっきーの言っていることは的を射ていたと思う。

ここからみっちゃん提案で7・8年生スタッフ全体でブレストをしてもらうことにした。この1、2週間は本当に辛くて、頭はテーマプロジェクトのことでいっぱいだった。だけど、この期間がすごく大切だったと今になって感じている。

まず、いろんなスタッフとやり取りができた。りんちゃんとは、「演じる」ということが、自分が感じている子どもたちの課題とどんな風に繋がっていくのか、みっちゃん、ざっきー、たいちとは今のこどもたちの様子からどんな題材だと、誰かの輝いてる姿や意外な姿をみれそうか、目の前の子どもたちをイメージして題材について話すことができた。自分の感じていることが言葉になって1人で考えていた時は想像も付かないような題材や考えが、テーマを形づけるのを助けていく。何より形になっていくのがとても楽しくて、子どもたちの顔が自然と浮かぶようになって、○○だったらこうなりそう、○○は嫌がるかも、こう伝えた方がいいよね、と想像できるようになった。

その中でも、「目的は何だろう」、「菊ちゃんのやりたいことがもう少し形にならないと」と何度言われたのかわからないくらい言われ続けた。形にならないと、私が子どもたちにプロジェクトを通して何を学んでほしいのか、何を手渡したいのかが薄くて子どもたちもプロジェクト自体も躍動していかないものになる。だから、熱くて深い思いを込めて作ってほしい、というメッセージも込めて、スタッフのみんなは何度も何度も壁打ちを一緒にしてくれたんだと思う。折れずに何度もブレストのマップを広げたり、子どもたちにこうなってほしいという形を頭に描き続けて、11月になってようやく「演じる-同じ窓・違う窓-」が出来上がった。

「演じる-同じ窓・違う窓-」は、30歳の自分たちの同窓会という設定の即興劇をつくっていくプロジェクトだ。1場面を演じる単位は4〜5人のグループで、グループ内にペアをつくった。そして、未来の自分ではなく、ペアの30歳を想像し演じた。ペアを演じた理由は、7・8年生Aグループの中にもっと色んな子ども同士の繋がりが生まれたらいいなという願いがあったから。その一歩として、相手の30歳を想像するために、今や未来の妄想について相手の話を聞き出しながら、表にでている言葉や感情だけでなく、ココロの奥にあるものに触れようとする子どもの姿がみれるようなプロジェクトにしたかったのだ。

苦しかったけど、テーマが決まるまでのこの時間は、財産だったと思う。なぜかというと、第4タームのはじめにこのテーマについて子どもたちに投げかけた時、「私は演劇をやりたいと思っている。このテーマをつくっていくのはみんなだから、みんなと一緒につくっていきたい、みんなにもつくってもらうんだ」と伝えたのだけれど、みんなにこの声は届いているはずだと自分の言葉に自信を持てたのだ。そのくらい、第4タームのテーマが自分の手垢にまみれているけど、そのバトンを7・8年生に渡せていけるような気がした。

第4タームは自分にとって、本当に濃密な時間だった。初めて誰かと一緒につくっていると感じられた。自分でつくるということは、自分だけが、もしくは他の誰かだけがつくっているわけじゃなくて、自分自身も責任を持っているのだけれど、自分と誰かが横並びにつくること。自分が助けを求めたい人に、質問になっていないような助けを求めながらつくっていってもいいものなんだと知った。

アウトプットデイ前日、各グループが即興劇に織り込むテーマの案をブレストをするスタッフ

自分でつくる、を日々している子どもたちの感覚もきっとそれに近いんじゃないかなと思う。自分で助けを求めたい人をさがして、助けを求めてる。だけど、自分でその舵をもっている。

今は第5タームに入り、7・8年生はアニメーションづくりに挑戦している。
どんな子どもの変化、自分の変化が起きるのか楽しみだな。

#2021 #7・8年 #カリキュラム

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かぜのーと編集部です。軽井沢風越学園のプロセスを多面的にお届けしたいと思っています。辰巳、三輪が担当。

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