風越のいま 2021年5月4日

あゆんできた道をふりかえって(野村 祐衣)

かぜのーと編集部
投稿者 | かぜのーと編集部

2021年5月4日

(書き手・野村 祐衣/22年12月退職)

対談のなかで「おさんぽ、これからもやりたいんだよね。」とつぶやいたふっしぁん(藤山)。しかし対談をした2週間前には、「実はおさんぽプロジェクトのり気ではなかったんだ。」とも話していた。そして、その当時その気持ちをわたしはビシビシと感じとっていた(笑)。

1,2年生とおさんぽプロジェクトをやっていく中で、ふっしぁんの内側にどんな変化があったのか話しを聞いてみたいと思い、おさんぽプロジェクト二期(2021年1〜3月)をふりかえりながら、いつもの感じでおしゃべりをしてみました。

ありのままのきもち

野村

おさんぽプロジェクト一期(2020年11月〜12月)では、「自分には発見する力があると子どもが気づく」という目的や向かう先、いわゆるゴールがあったんだよね。でも私、頭ではわかっていたんだけど、腹おちはしていなくて。おさんぽが好きという気持ちと、偶然に出会う喜び、一緒にいるからこそ分かち合える発見や感情を大事にしたいなぁという思いからやりはじめたところがあったから。 

それこそ、二期のおさんぽをするときには、本当に目的を置かなきゃいけないのかと、心と頭の中で焦ってたんだよね。 一期目のおさんぽで、とっくん(片岡)がおさんぽプロジェクトについて詳細にあつく語っていたから、プレッシャーだったこともあってさ(笑)。

藤山

うんうん。それに、のり気じゃなかった人(ふっしぁん)もいたしね(笑)。

野村

(笑)。ぶっちゃけ、ふっしぁんは最初どう思ってた?

藤山

そのプロジェクトに自分がいて何か力になれるかなって感じだったの。ごはんプロジェクトの時は、自分がそもそもごはん作るのが好きだし、大学の時には公民館と提携して、地域の子どもたちと「お買い物」というワークショップをやってたりしていたから。

野村

へぇー、楽しそう。

藤山

料理って毎日食べているけど、子どもの時って自分で作ることはほとんどなくて、基本大人が作るじゃん。でも、やっぱり自分たちで作るからこそ美味しいと感じたり、発見もあると思うから、自分の中にも「子どもと料理をしたい」という思いがあったんだよね。

だけどさ、おさんぽかーって。歩いていて何か発見できたり、ガイドできるような知識があるわけでもないし、子どもたちが面白いと発見したものを自分も一緒に面白がれるのかなと単純に思ったんだよね。

一期のおさんぽで市川力さんがゲストできた時に、その日のおさんぽで子どもたちがどんなモノ・コトを発見し、なにに目を煌めかせていたのかについての反芻会をやったじゃん。リキさんやレイカさんは子どもたちの姿をワクワクして語ってたけど、そのワクワクして語る姿にもピンとこなかったんだよね。リキさんはそれこそ「成果とかではなくて、ひたすら歩くだけでいいんだよ」と話してくれていたけど、「う~ん、まぁわかるんだけど、う~ん…」という感じで、あの反芻会は終わったんだよね。

野村

なるほどね。

藤山

それで二期(2021年1〜3月)のプロジェクトをどうするかとなった時に、ごはんプロジェクトはコロナでまだできなくて。「森あそびプロジェクトもおさんぽプロジェクトもどっちにいっても力になれないなぁ」って思ってたのよね。森プロ(森あそびプロジェクト)はプロジェクトの途中から個人プロジェクトに移行していくって決まってたから、個人プロジェクトをするよりかは、歩いている方がいいかもしれないなと思って・・・

野村

消去法ね。

藤山

おさんぽにしました(笑)。

野村

(笑)。

ぼうけんさんぽ誕生秘話

藤山

今でも覚えているのが、二期の二回目のおさんぽで、グッパーチームに分かれておさんぽに行った時、一期からこのプロジェクトをやっているユウキちゃんやカモちゃんがいろいろ見つけて、「ふっしぁん、こんなの見つけたよ!」と教えてくれるんだけど、私は「へー」とか「あー」とかしか言えなくて。この「へー」とか「あー」とかが全然気持ちがこもっていないことが、いつか子どもにバレるんじゃないかなぁと思ってたんだよね。

春の訪れを発見。

野村

そうだったんだね。私もこの日のことをすごくよく覚えていて、私はパーチームで風越公園に行ったんだけど、ケイシンが私のそばから離れずに、ずっと話しかけてきていたことに違和感を感じてたの。「今何時?」「これからどうするの?」って。慣れていない場や人との出会いに、不安や戸惑いを感じていたんだと思うんだけど、それでも「スタッフ対子どものやりとりばかりなこの状態ってどうなの」って思ったんだよね。

おさんぽを通して、ケイシンの関係性が広がっていくイメージが持てなくて、そこで「ケイシンがチームメンバーとやりとりしている状態が自然に生まれてくる状態ってどんなおさんぽなんだ」って考えた時に、浮かび上がってきたのが「冒険」で。ふっしぁんに提案したら「いいね。やってみよう。」ってすぐ決まったよね。

藤山

ね。この日の放課後には、冒険という名のおさんぽをやってみることに決まっていたよね。

野村

それで冒険ってどんなものなのかを一緒に考えていく中で、「冒険をイメージした時にそこに大人はいないんだよなぁ。でも安全は確保しないとだもんなぁ…」って私が言ったら、ふっしぁんが「じゃぁ、私たちは動く石になろう。」って提案してくれて。「それいいね」ってなったなぁ。

藤山

子どもの聞いてほしいの気持ちをむげにできない。でも「スタッフは応えてくれる」と思って反応されないのと、「この人は何を言っても応えてくれない」ってわかって反応がないのでは、子どもも感じ方が違うなと。だから「スタッフは動く石です」って前提においたのはよかったなぁと思ったよね。

移ろっていくきもち

野村

ふっしぁんの中で、おさんぽプロジェクトに対する前向きではない気持ちが変わり始めたのは、冒険が始まってから?

藤山

一回目の冒険に行って変わった感じかな。

私たちのスタンス(動く石)も決まってたじゃんか。私たちは、みんなの安全を守るための声かけやヘルプはするけれど、必要以上に声をかけたり、話したり、手を差し伸べることはありませんって。そして、それは子どもたちともその共通認識でいれたから、それもすごい楽だったと思うんだよね。

私ももんちゃんも、いろんな場面で子ども達に声をかけるとか助けることができるとなると、私たちがどう立ち回るかという可能性がたくさんあるじゃん。可能性がたくさんあればあるほど「ふっしぁんなら、どうするかな。」「もんちゃんなら、どうするかな。」ってお互いを意識すると思うんだけど、動く石ですと決めていることで、私たちスタッフ同士でも変にいろんなことを考えずにいられたなぁと思ってね。

たとえばさ、冒険一回目、川を左側に行ったじゃん。

野村

凍っている川ね。

川に沿って歩いていくというミッションのもと、冒険へ。

藤山

そうそう。その時もさ、「前の方に行くね。」とかもんちゃんは言わなかったけど、「あ~もんちゃん前のほうに行ったから、私は後ろ見るか」って、なんとなくわかったんだよね。その場にいるんだけどその場にいないような感じで、冷静にその場を見れるんだよね。

あと、「冒険」であるということも、結構大きかったんじゃないかなと。冒険ってキーワードであり、エッセンスの一つだったと思うんだけど、たとえば、平坦な道を淡々と歩くだけだったら、私たち動く石の意味はなかったんじゃないかなと思うんだよね。「冒険」という環境だからこそ、動く石が生かされたなぁと思って。

「もう1回同じ道行きたい」とか「もう1回行ったら何が起きるかな」とか、そうやって私自身の気持ちが変わっていったかな。

野村

なるほど。

藤山

特にあの時、つららとか、川の水が凍っているとかくらいしか発見がなかったじゃん。でも、みんなそれ以前の問題で渡るのに必死で、そこに物理的な発見とかではなくて、後々分かるもの、それは自分の心の葛藤もあると思うんだけど、そういうものが感じられて面白いなぁと思ったんだよね。

もちろん、自然の美しさとか偉大さも感じるんだけど、それはそれで終わっちゃうというか。私は、同じメンバーで行くのに、毎回違うことやアクシデントが起きたりすることに面白さを感じていたんだよね。この人たちがつくり出しているなぁ、みたいな感覚がすごくあって。

手袋を投げたら、向こう岸まで届かずに流された。アクシデントは日常茶飯

15人、それぞれのきもち

ぼうけんさんぽ.二回目。とある場面

野村

冒険で進んだ道は、ものすごく短い距離だったけど、あの中に本当にいろんなドラマがあったよね。15人それぞれに、いろんな想いや願いや葛藤があったと思う。わたしたちが目で見えていないことや、感じられていなかったことも含めて。

藤山

二回目行く時に、シモンくんが行くことを拒んだことがあったじゃん。

野村

はいはい。

藤山

まず、ホームベースから出ることを拒み、「じゃあ行くか」ってなったのにまたハンモックのところへ戻っていった。あれもさ、私としては印象的な姿で、一度冒険に行くことで、背中を押してくれるバネにもなるけど、それが不安や心配の足かせにもなるんだなぁって感じたんだよね。一回目と二回目で行き先は違ったんだけど、シモンくんの中で経験として繋がっていたんだなぁって。そういう経験としての繋がりみたいなものがシモンくんだけじゃなくて、いろんな人の中にあったよね。単発で終わっているようで、貫く何かがあった。シモンくん、三回目どうなるかなと思ったけど、三回目はもう平気だったじゃん。

野村

そうだったね。三回目ぐらいからケイシンも「もう無理。帰りたい。」を言わなくなったよね。

藤山

ね。しっかり長靴を履いてきたり、物理的な準備や心構えみたいなものも培ってきていたよね。

こないだのスイゴゴ(毎週水曜午後のスタッフ研修)の時間に、たいちさん(井上)こぐまさん(岡部)あさは(酒井)と私の4人で冒険に行ったんだけど、その時にこぐまさんが「いやぁ~これはもういけないやぁ。」ってつぶやいてたんだよね。靴だったんだけどさ。

野村

え~、意外!

藤山

それこそケイシンのように、なんとかして濡れないように、上のほうを渡ったり、歩いたりしていて。それが結構面白かったの。やっぱり大人だなぁというか、子どもだと「もう濡れてもいいや!」みたいな感じで結構ドボンといけちゃうけど、そこは踏みとどまるんだなぁって。

野村

セルフ・ビルドの時間に、川に行きたいメンズチームに声かけられて一緒に行ったことがあったんだけど、その日靴を履いていたケイイチロウもそんな感じだったの。濡れたくないケイイチロウは、様子を観察しながら、しばらく陸でできることを考えて、友だちに声をかけたり、道具を運んだりして過ごしていて。でも、仲間が次々に川に入っていく様子をそばで見ていて思うところがあったんだろうね。「もういいや!ドボンしちゃお。」ってつぶやいたの。川に入る前に、まず、木の棒を使って川の深さを確かめて、そして、ゆっくりゆっくり川のほうに足を伸ばして…もう少しで足が川に着くぞというところまではいったんだけど、結局思い切れなくて。この日は最後まで川に入らずに過ごしていたんだよね。

魚のエサ、川虫を見つけたいからと、学園のそばの川へ

藤山

えー!

野村

その時に、あぁ、入らないんだぁって。本当にあとちょっと足を伸ばせば川に着くってところだったのに。

藤山

もういいやって決めたのにね。

野村

そう。先を見通せることで、「着地失敗するんじゃないか。つるんと滑ってしまうかも。ちょっと怖いな。いけなさそうだな。濡れたら寒いだろうな。着替えないといけないな」とか、そういう気持ちで思い切れないこともあるのかとその時に思って。ケイシンも思い切るまでに時間がかかったし、シモンくんもそうだったと思う。こぐまさんももしかしたら、そうなのかもなって(笑)。

藤山

普段の生活の中で時間で動く時には「見通せる」っていい力じゃん。でもそれが厄介なことになることもあるんだね。

野村

先を見通せる力があるからこそな気もするね。

藤山

そうだね。それはあるね。

野村

でも一方で、先を見通せることで、チームメンバーを引っ張っていた人もいたよね。ヨシヒトやノブシゲとか。

藤山

そうだね。

野村

ヨシヒトを見てて、まずは自分がのびのびと、自分のペースでぐいぐい進んでいける経験を積み重ねたことによって心の中が満たされたからこそ、他の人の挑戦を応援するということに繋がっていったんじゃないかなって感じる。

二回目のぼうけんさんぽにて。12時を回り学園に戻る人がほとんどだった中、もっと先を進みたいと冒険を続けることを選んだヨシヒトとノブシゲ。冒険を終え、もうすぐ学園に帰り着くぞ、というところで二人は手をつないでいた。

野村

カノちゃんが川の向こう岸にジャンプして渡る挑戦をしていた時も、これまでのヨシヒトだったら多分代わりにやって見せてあげたり、こうするんだよ!って言ったりしてたと思うんだけど、この時は声をかけすぎない、手をかしすぎないみたいな姿があったよね。

藤山

自分自身が満たされる経験。それがあってはじめて人にも優しくできたり、思いやれたりするのかなぁって思うなぁ。
今回のおさんぽプロジェクトってそれぞれの人にとっての満たされるがつくられやすい場だったんじゃないかなって感じているんだよね。たとえばケンケンとかも、すごくイキイキしていたなぁと思って。

野村

ね。ケンケンって大胆そうにみえて、慎重で、周りにいる人のことをよく観ていたよね。だからこそ、挑戦できないっていう場面もあったと思うんだけど。冒険はみんなそれぞれのペースで、それぞれの動きをしていて、どんなわたしも認められているような場だったから、向こう岸の川にジャンプして渡ろうとしている時に「あぁ!こわい!こわいよぉ。」って自分の気持ちを赤裸々に吐露してて。その場面めっちゃいいなぁってぐっときたな。

「こわい〜。」ときもちを吐露するケンケンに、手を差し伸べるヤマピー。

藤山

おさんぽでの子どもたちの心の波。きっといい波なんだろうなぁと思って。「渡れるかなぁ」とかそういう挑戦的なざわざわもあると思うんだけど、なにかと比べるでもない、優劣をつけられるでもない、できるできない、上手い下手とかもない、その中での心の動き。ああいう時間が、必要であることは確かだなぁと思ったな。

野村

それこそ、最初は心の波はざわざわだった人が多かったよね。その心の波を越えて、少しずつ「あれ、なんかいいぞ。いい感じかもしれないぞ。」という感じになっていった気がするな。そこから、子どもたちの表情が柔らかくなったり、仲間の様子を気にかけたり、逆に見守ったりとか、相手に心を寄せる、相手を思いやる姿が増えていったよね。

藤山

それは大人もそうなのかもしれないね。

野村

本当に。そうだね。

藤山

その場にいる子どもたちのうち一人でも、このおさんぽの時間を苦しかったで終わってたら、いい時間だったといえないと思うんだけど、それはその場にいた私たち大人にも言えるなって思ったんだよね。共に冒険していた、共に時間を共有していた私やもんちゃんがどう感じたかも大事だなって。
まずは、自分が満たされること。そして、自分のそばにいる人が満たされること。最後に、みんなが満たされること。それがこのおさんぽでは起こっていたなって。

歩んできた道をふりかえってみると、みんなでつくっていっている感覚をたくさん感じたこのプロジェクトでの日々、わたしにとって「なんだかうれしいな、わくわくしちゃう」がたくさん詰まった時間だった。

わたしはこれからも子どもたちと共に歩きたい。もっと、もっと、歩いてみたい。道なき道を仲間と共に歩いてみたい。そして、寄り道をたっぷり愉しみたい。

対談日:2021年3月17日

#2020 #カリキュラム #散歩 #森

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かぜのーと編集部です。軽井沢風越学園のプロセスを多面的にお届けしたいと思っています。辰巳、三輪が担当。

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