2023年3月26日
神戸大学の赤木和重と申します。風越学園が開校して3年目が終わろうとする3月14日(火),15日(水)に訪問しました。様々な卒業イベントが,いろんなところで行われていましたが,そこにいい意味で「巻き込まれながら」,感じたことをエッセイにまとめました。
3月14日は,他の用事もあって,いつもとは違って11時すぎの遅い時間に着きました。
スタッフに挨拶し,さて,校内をウロウロするか~と思ったところ,エントラス付近で,スタッフのたいちさんと目があいました。たいちから「赤木さん,今日,用事あるんですか?」と,いつものひょうひょうとした感じで話しかけられました。「いや~,とくにないんですよ」と答える私。すると,たいちが,「いまから卒業イベントで野球するんですよ。どうですか? 人が足りなくて…」とのお誘い。
赤木「うん?え? いや,野球とか全然できないんですけど…」
たいち「野球はできなくても全然大丈夫です!引退試合なので,ぜひ!じゃ,よろしくです~」
研究のために来ているのに,「とくに用事がない」と答える私も私ですが,カジュアルにいきなり野球を誘ってくるたいちもすごい(笑)。
そして,私がモタモタしている間に,先に,車に乗って風越公園に行ってしまいました。あや~(笑)。ということで,風越公園にトコトコ歩いて移動します。
さて,風越公園についたところ,なかなかの盛り上がりを見せてました。9年生のテッピーと,6年生のカトコウが,この3月で卒業するので,お別れを兼ねた壮行試合でした。おおむねスタッフチームと,風越学園野球部・ジョーカーズという子どもチームに分かれての対決です。
ちなみに「おおむねスタッフ」と書いたのは,なぜか子どもがスタッフチームに入っていたり,保護者やインターンの方も入っている混成チームだったからです。
風越公園に到着後,すぐに,よくわからないまま打席に入ります。
10年ぶりくらいの打席。そして,みてください,この雄姿を!
そして,なんとボールがバットに当たりました! まぁ,ファールでしたが…。
さて,肝心のゲームですが,とっても盛り上がりました。
ライブラリーのみっちゃんが,なんと元ソフトボール部で,投打に大活躍していたり,元高校球児のインターン生が大活躍!……と思いきや真剣にフォアボールを連発していろんな意味で盛り上がったりしました。さらに,遅れてきたアンディが,助っ人ぽい雰囲気を出したものの,「え?そこでエラーする?」みたいな,絶妙にボールを後逸し,和やかな笑いを誘うなど,普段とは違うそれぞれの顔が見えて楽しく参加しました。
もちろん,子どもたちも大活躍します。5年生から9年生までの混成チームでしたが,それぞれが,次の塁をねらうのに必死でプレイしています。スタッフチームがちょっとでもミスをしようものなら,すぐに次の塁へと走り出します。また,大人顔負けのパワーで外野を超える打球をうつ子どももいます。一方で,上手下手はあるので,エラーもよく出ました。
試合は最終回までもつれました。僅差で子どもチームがリードしたまま,大人チームの最終回の攻撃にはいります。子どもチームのピッチャーは9年生のテッピー。高校でも野球をやりたいと言っているだけに,投げる球は早く,大人チームはあてるのがやっと。最後になるはずのバッターのボールはボテボテの内野ゴロ。しかし,なんと内野手がエラー。おとなチームに逆転のチャンスが生まれます。
テッピー,顔が上気して真っ赤になります。そんななかでの熱投。見事に最後のバッターを打ち取って,子どもチームの勝利に終わりました。手に汗握る展開で,ハラハラドキドキするナイスゲームでした。
満足して,風越学園に帰ったあと,夕方からダンス部の卒業公演がはじまりました。これまでもアウトプットデイでも見ていましたが,最後ということで,これはみないと!と思って参加します。
1曲目は,上の写真のように,ダンス部全員が踊り,おおいに盛り上がります。その後は,7~9年生だけのグループによる大人な踊りや,小学校低学年グループのキュートな踊りなど,様々な雰囲気の曲・ジャンルの踊りもあって,魅了されました。さらに,途中では,地域のダンスクラブの方も踊るなど,本物の公演でした。私は,ダンスは全くわからないのですが,それでも子どもたちの踊る迫力と熱意に圧倒されました。
魅了されたのは,私だけではないようで,小さい子どもたちも最後まで熱心に参加していました。脱線しますが,子どもたちにとって,自分の関心から外れた表現を見せる先輩が身近にいるって,すごいですよね。「~したい」を生み出す出会いがあちこちに,押しつけがましくないかたちで,転がっているわけですから。
さて,感動の合間に,面白かったのは,スタッフのリリーが踊りはじめた場面。リリーを知る小さな子どもたちが大興奮して「リリー!リリー!!!」と黄色い声を飛ばしまくります。「卒業公演なのに,そこ?!」と心の中でツッコミをいれるわたくし。他の方もそう思ったのでしょう。なんともいえない笑みがこぼれます。卒業公演と黄色い声のギャップに場が和みつつ,楽しく卒業公演が終わりました。こういうゆるさが,生まれるのは,異年齢集団ならではですよね。
いい1日でした。ただ,正直な気持ちを申しますと,「いや~,楽しかったけど,今日は書くことが特になかったなぁ」でした。野球もダンスも楽しかったのですが,楽しかった「だけ」だと感じたからです。
でも,神戸に帰り,改めて振り返ると,印象が変わりました。
野球も,ダンスも,「不思議」と思い始めたのです。というのも,チームのなかで「能力の差がありすぎる」のに,どの子も全力で取り組んでいたからです。もっといえば,「下手な子も,上手な子も全力で取り組み,そして,みんな楽しんでいる」からです。
その場にいると,「普通」に感じます。でも,これって,不思議で,かつ,すごいことだと思いません? 上手な子と下手な子が,一緒にダンスしたら,当然,そろいません。上手な子はイライラするかもしれません。逆に下手な子は気おくれするかもしれません。観客がいるほど,そろえて表現したくなるでしょう。でも,うまい下手の差があると,なかなかそろいません。最終的には「やっぱり能力別で,少なくとも学年別でしよう」となりそうです。でも,風越では,上手な子も下手な子も,大きい子も小さい子も,フツーにみんなで踊ってるんですよねぇ。少々,踊りがずれても(気にはなっているでしょうが)問題になっている様子はありません。不思議です。
野球だって不思議です。下手だと,悪目立ちをします。三振はもちろん,エラーをして足を引っ張る形で「下手さ」が浮き彫りになります。どうしても負けたくないときほど,下手さは,「うざさ」に変わります。同時に,下手な子は,「だから,一緒にやりたくないんだ」「先輩がこわい」「野球なんて大嫌い」という気持ちになるでしょう。実際,子ども時代の私がそうでした。野球はじめ球技全般,めちゃへたくそでした。グローブをはめるときから,憂鬱でした。しかし,風越公園での野球は,エラーをしても,フォアボールばっかりでも,三振を連発しても,そこまで問題にならずみんな全力で取り組んでいました。私も,三振でもええか,という気持ちになってました。なんだか不思議です。
この不思議を解くカギは,「全力で,ゆるく」にあるように思います。風越の野球もダンスも,1人1人は全力を出しながらも,同時に,ゆるさがあります。「下手でもかまわない・下手でも気にしない」というゆるさです。「全力で,ゆるく」と言葉でいうのは簡単ですが,両立の難しさを考えれば,不思議を通り越して,奇跡にも思えてきます。
いったい,どういうことなのでしょう?
そこで,野球から1週間後の卒業式の合間に,テッピーに聞いてみました。テッピーにおめでとう!と言ったり,雑談した後に,単刀直入に「下手な子と一緒に野球していややなぁって思わへんの?」と聞いてみました。テッピーの答えは,「そうは思わない。1人1人ががんばっているから」とのこと。なるほど,と思いつつ,さらに突っ込んだ質問をします。「最後の場面でさぁ…」と続けると,あのときの自分の上気した顔を思い出したのか,違う意味で顔が赤くなります。「いや,あのときは…」とちょっとどぎまぎして照れたような笑顔を見せます。
リアルだなと思います。ちょっと思うところがあったのでしょうね。でも,あのとき,テッピーは,顔を真っ赤にした気持ちを,エラーした子どもには向けませんでした。彼の怒りと興奮は,ボールになって打者にぶつけられました。そこに,彼のリアルを知ることができます。多少の葛藤はありつつも,1人1人のがんばりに価値があり,それは,もちろん,自分も含まれるんだ,という彼の価値観が,彼の言葉や投球に反映されています。
たいちとリリーにも聞いてみました。興味深いことに,ここに至るまでのプロセスは対照的だったようです。野球のほうは,「最初からこんな感じ」とたいち。一方,リリーによると,ダンスのほうは,途中では,別々にしようというせめぎあいもあり,何度か話し合いを重ねるなかで,一緒にやろうということになったそうです。
ダンスと野球のプロセスは違います。でも,共通しているのは,子どもたちは「勝ち負け以外の価値も知っている」ことです(たいちのインタビューから教えてもらいました)。
子どもにとって,勝つか負けるかは,重要です。でも,同時に,テッピーのことばにあるように,1人1人がんばることに価値があるのでしょう。ダンスも同じです。「踊りがきれいにそろう」ことに価値があります。でも,同時に,「一緒にみんなで踊る」ことにも価値を感じているのでしょう。だからこそ,1曲目に,みんなで踊るということも選んだのでしょう。ダンス公演の1枚目の写真を見てください。みなさんは,この写真に,「きれいにそろう」以外の価値を見出すことができるでしょうか。子どもたちは見出していたのでしょう。もちろん,そこには,テッピーのように,葛藤も含みつつ,でも,それでも,一緒に踊ることに価値を見出していたのでしょう。全力でやりつつも,複数の価値観をもつことで,ゆるさを心のなかにもつことができるのです。
こうしてみると,子どもは,風越学園のことを,よくわかっているな,と思います。風越学園は,「勝つか負けるか」「賢いかそうでないか」といった今の社会でありふれている価値で遊び,学んでいるわけではないことがわかります。
「かぜのーと」で好きな記事の1つに,うまっちが,2020年10月に書いた「その人らしさが、より浮き上がるように。」という記事があります。そこでは,以下のように書かれています。
よりよい学び手として自立して、幸せになっていくことを僕は子どもたちに願っています。
そのためには、自分の外側に評価の基準になるような「ものさし」があって、いつもその「ものさし」に合わせるように生きていくということよりも、自分の内側に「ものさし」を育てていくことを風越では重視していきたいです。高校入試や、大学、会社など、世の中には自分の外側にある「ものさし」が溢れていて、その「ものさし」に合わせることを重視するあまり、「私は何が好きなんだろう?」「私は何ができるんだろう?」ということが分からなくなって、苦しくなってしまうこともあるかもしれない。でも、そんな時に「私は何が好きなのか?」「私は何ができるのか?」「私は何者か?」ということに、自分の内側の「ものさし」に立ち戻ってほしい。
子どもたちは,スタッフの思いを,それぞれの子どもなりにつかんでいるのでしょう。それがこの3年目の終わりに,子どもたちの表現からにじみ出ているのですねぇ。
「全力で,ゆるく」楽しむ。異年齢混在でなければ,子どもはもちろん,大人もつかむことのできなかった価値観でしょう。
次回の記事では,卒業式をとりあげます。卒業式の参観を通して「子どもは風越学園のことをよくわかっている」ではなく,「子どものほうが風越学園のことをよくわかっている」ことを感じたからです。お楽しみに!