2022年5月22日
2018年設立準備財団時から軽井沢風越学園に参画しているざっきー(山﨑)。プロフィールページに「手元感ある日常を求めDIYな日々。広げて、捉え直す日々にしたい」と綴っているざっきーの原点は子ども時代にあったんだ。そう思わせてくれる話から、今回のスタッフインタビューははじまりました。(編集部・三輪)
子どもの頃から「学校をよくしたい」という思いがありました。というのも、数とか形に興味があったから、幼稚園の頃から時計を読んだり、図形を描いたりして、小学校の勉強を楽しみにしていたのに、進学してみたら算数の時間がすごくつまらなかったんですよ。数の数え方から教わる、みたいな感じで。それでなんの悪気もなくふらーっとそのまま家に帰ったこともあったりして(笑)。
それでもだんだんと学校に順応していったんですけど、中学校に入って「学校ってすごく嘘っぽいことも多いな」と思っちゃったんですよね。どうでもいいと思っていることをすごく重要なことのように扱うというか。
__ どうでもいいと思っていることをすごく重要なことのように扱う、ですか。
今でもよく覚えているのが、飴玉の包み紙が教室に落ちていたら、先生が「学校に飴を持ってきて食べたやつがいる」って50分のホームルームを全部使って話し合いをしたんです。その時に、「塾で食べてポケットに入れたままだったんじゃない」「本当はみんなどうでもいいと思っていることに、なんでこんなに時間を使うんだろう」って正直思っちゃいました。
不登校の子がいたり、いじめもあったりして、「なんでそんなところに義務教育として通わないといけないんだろうか」とも感じていて。中学生なりに「学校ってもっと面白くできるんじゃないか」と思ったし、それこそ風越学園が大切にしたいと思っている「どんな子どもにも幸せな子ども時代を過ごしてほしい」という願いは本当にそうだなと共感しているんです。
あと、僕、男三人兄弟の次男なんですけど、我が家には中一になったら将来の進路を家族に宣言するっていう謎の文化があって(笑)。それでその時期に一旦将来なりたいものを考えたというのも大きいかもしれません。
__ へぇ、おもしろい!
僕は、学校をよくしたいという思いもあったから教員がいいかなとなんとなく思っていて、中3のときに、3つ上の兄に便乗して近くの教職課程のある大学のパンフレットも取り寄せてもらったんです。そうしたら、どうやら中学校の教員は教科も選ばないといけないらしいということがわかって。それなら自分の好きなことをやったほうがいいなと思って、当時からものづくりが好きだったので、技術科の教員になろうと。
__ 風越学園に参画する前は、大学院に行かれていたんですよね。
中学生のときの宣言通り技術科教育を学ぶ大学に入ったら、研究がおもしろくなって、そのまま院で教科教育の研究をしていました。
__ でもそこで研究職についたり、他の仕事に就くんじゃなくて、やっぱり学校に行きたいと。
当時、全国的に教職大学院の整備が進んだ時期で、ゴリさん(岩瀬)も教えていましたけど、そこで学んでいる人は現場での経験がある人が非常に多くて、研究課題として現実的な現場の問題を扱っていたんですよね。でも一方で、技術科の教科教育の研究の多くは現場との乖離がすごく大きいなと感じていて。だからもし自分が教科教育の研究を続けるなら、フィールドの中で続ける人になりたいなと。であるなら、いろいろと試せる環境にいくことが自分にとってもいいかもしれないと思って、風越学園に興味を持ちました。
__ 実際に学校の先生になってみてどうですか?
開校一年目は、結構苦しかったかな。自分の専門性を風越学園の中でどう活かせばいいのか自分でも分からなかったし、周りからも他の誰かみたいになることを求められていたように勝手に感じちゃっていました。たとえば、こぐまさん(岡部)みたいな関わり方とか、あすこまさん(澤田)みたいな教科の専門性の発揮の仕方みたいな。
__ どうやってその苦しさから抜け出したんでしょう。
ひとつのものを誰かと一緒につくるという経験を二年目の去年はたくさんできたんですけど、それが大きかったかな。
たとえば、スタッフ三人でチームになってテーマプロジェクトをつくると、それぞれが大切にしたいこととか強みとかって結構違うことに気付くんですよ。その中で自分はこうしたいという想いや、ある意味普通だと思ってやっていたことが他の人は気にならない、あるいは苦手だということとかが見えてきて、自分の大切にしたいこともハッキリと見えるようになってきた。
__ ざっきーの大切にしたいことってなんですか?
自分も子どもと同じ目線に立つこと。そして同じ目線に立つだけじゃなくて、同じ方向を向いてみることを大切にしたいなと。たとえば、実際に子どもと同じことをしてみたり、尋ねたり、家に帰ってから自分で調べてみたりします。というのも、子どもが興味を持っていることや面白そうにしていることを理解することは、すごく重要なんじゃないかなと僕は思っていて。大人って子どもより長く生きているけど、子どものほうが知っていることとか大人が忘れてしまったことってあるなと思うし、自分が子どもの頃には体験していなかったことを今の子どもたちは体験しているということもあるなと思うので。
__ 子どもと同じ目線に立つという感覚は、元々ざっきーの中にあったのかな。それとも風越学園で培われたものなんでしょうか。
大学時代に、児童養護施設で学習支援をするボランティアをしていたんです。その時に、「勉強しよう」と言ってもなかなか気持ちが向かない子がたくさんいました。だって、勉強をすることよりも気になることがありすぎる。ここ(児童養護施設)に来たこととか、家族のこととか、このあと将来どうなるんだろうとか。勉強を教える中で、「いや、大学行ってるお前に何がわかるの」と言われたりもして。でも、本当にその通りだなと。まずは同じ目線に立って同じものを見ることから始めようということを、そこで身をもって学びましたね。
__ 今、風越学園の子どもたちと関わる中で実際に心がけていることってありますか?どういうふうに子どもたちと同じ目線にたったり、「面白い」と思っているものを探っていったりするのか気になりました。
子どもに聞きますね。たとえば、「なにやってるの?」『プログラミングが気になって調べてる』「そうなんだ、実際にやったことあるの?」って。聞いて、やりとりして、プログラミングは僕自身も大して経験がないから、本を買って、勉強して、「こんなものつくってみたんだけど」ってまた子どもに話しかけたりします。
このあいだ、「先生みたいな子どもがいっぱいいることに驚いた」と新しく入学してきた7年生の子が言ったら、7年生のカイが「風越には先生はいなくて、スタッフしかいないんだ」と話をしていたんです。「スタッフは教えてくれる人じゃなくて、自分たちを支えてくれる存在なんだ」みたいなこともその時に言っていて、「ああ、そういう“支える存在”でありたいな」と思いました。その“支え方”をどういうふうにしていくのかということが大切だし、そのあり方っていうのはたくさんあったほうがいいなと思っているんだけど、僕自身はやっぱり子どもが興味を持っていることの面白さを信じることで、子どもたちのことを支えられる存在でありたいなと思っています。
といってもそんなに簡単ではなくって。春にしんさん(本城)が、「大人の関わりが『手助け』になることもあれば、『手出し』になることもある」という話をしていましたが、本当にそうだなって思います。支え方の方法って、これかこれって分かれているわけではなくて、グラデーションだったり、組み合わせだったりすると思うんです。
そして、複雑な上に失敗もします。それこそ、それまでの勢いというか熱意が下がったり、「次はどうすればいい?」という反応が増えたりするときに、『手出し』してしまったなぁと反省することも。風越学園では一斉授業よりも個別の関わりが多いので、支え方に迷う場面も多いです。でも、常に判断してやってみるしかないのだと思っています。迷わず支えられるようになる日が来るのかはわかりませんが。
__ 最後に、今年度チャレンジしたいなと思っていることがあれば教えてください。
難しいチャレンジになるだろうなとは思っているんですけど、時間割上に設定された時間数(コマ数)をカウントする以外での教科の価値との出会いを考えて、実践していきたいですね。
特に中学校は制度上教科で履修することになっているので、どうしても各教科でコマの取り合う形での調整になっちゃったり、うまくプロジェクトで教科の見方・考え方のような教科固有の価値を扱えないときに新しく単一の教科の時間をつくったりになってしまいがち。でも、他にも方法があると思っています。たとえば、すでに社会科と外国語科がくっついて「世界と地球」という授業をやっているみたいに、技術・家庭科でもあるし理科でもあるみたいな時間のつくり方をしてみたり、テーマプロジェクトの中で複数の教科の学びをしっかり折り込む設計をこれまで以上にできるといいなと思っています。
__ それが最初に言っていた「学校をよくしていきたい」みたいな想いともつながってくるのかな。
そうですね。子どもからしてみてら、教科ごとにバラバラに学習することって、ケーキが食べたいのに、小麦粉がでてきて、砂糖がでてきて、卵がでてきて、「食べたらおなかの中でケーキでしょう」って言われているようなものだと思うんです。そうじゃなくて、ちゃんと子どもが自分でつくってケーキとして食べられるような場を提供したい。三年目なので、ここはがんばりたいところだなと思っています。
インタビュー実施日:2022年4月27日