「最近、どう?」 2020年4月30日

「バタバタしてるけど不安な感じは全然ない」岩瀬 直樹

本城 慎之介
投稿者 | 本城 慎之介

2020年4月30日

ごりさんが4月から「毎日うろうろ」というカテゴリーの記事を書き始めた。校舎を、そして今はオンライン上を彼は毎日うろうろしている。うろうろしながら、課題や問題を発見しているわけではない。「おっ、おもしろいことやってる」「これいいじゃん」といろいろなところに散らばっている光を放っているかけらを見つけては、「ねぇ、こんなのあったよ!」と楽しそうにみんなに伝えている。子どもたちを、スタッフをとことん信頼している人だ。その姿が、どんどんひろがり、つながっていっているなぁと感じる。いま起きているこの試練と風越の僕らがどうつきあっているか、つきあっていこうとしているかについて、僕らは発信し続けていきたい。変則的な2日間のはじまりの日を終え、オンラインを活用した取り組みが始まって3日目の朝、ごりさんに「最近、どう?」と問いかけてみた。

オンラインでのスタート

ー(本城) かぜのーとの新しいカテゴリー「最近どう?」は、子どもたちや保護者の皆さん、スタッフたちに僕がインタビューをしていきます。どのインタビューも、スタートの問いは同じ。本当は一番最初のインタビューは子どもたちにしようと思っていたんだけど、こんな状況なので、ゴリさんにまずはインタビューします。早速、この問いから始めたいんだけど、「最近、どう?」

インタビューもオンラインで実施

(岩瀬)予想もしていなかったスタートだから、バタバタはしてるけど。でもなんだろうなぁ。なんかこう、すごい不安になってるとか、そういう感じは全然なくて。

むしろ、スタッフ頼もしいなぁとか。この状況で、不安とか先行きの見えなさに引っ張られ過ぎることもなく、今できることなんだろうかとか、もっとよりよくするにはどうしたらいいだろうかとずっと動いてる感じを見てて、いろんな紆余曲折あるけど、きっといい感じになっていくんじゃないかなーという安心感じゃないけど、期待みたいなものはあるから。

ー 期待みたいなもの?

うん。だから、悪くないっすよ、最近。

ー 悪くない。

4月14,15日にはじまりの日が終わって、すぐオンラインになったわけだけど、”子どもとつくるってどういうことか?”、”どうやったら子どもと一緒につくれるか?”という問いが、それぞれのスタッフに生まれてる。ホーム「け」は朝と終わりの集いをどうやったらいいかについて、子どもと2日目には作戦会議していたし、ホーム「き」もそれに続いていて、この状況で僕らが大切にしたいことに立ち戻っている。楽しんでいるといったら正確な言葉じゃないんだろうけど、この状況でも”共につくる”を探究している感じはあって。
そう思うと、僕らがやろうとしていることって、もちろん校舎や野外があってやれることの方が圧倒的に多いんだけど、今この状況でも、やれることってきっとたくさんあるはずだから。

見えないから、試される状況

ー うん。子どものことはどんな風に見えている?

そうだね、オンラインだと子どもの様子はなかなか見えなくて。typhoon(*)でのスタッフとのやりとりの中で、今はきっとまだつながることの嬉しさというか、パソコンが配られて、スタッフとコミュニケーションとったり、名前の知らない誰かと出会う緊張感とか華やぎがあるよね。(編集部注 インタビューが実施された1週間前に義務教育学校のすべての子どもにChromebookが配布され、オンラインでのやりとりが始まった)

一方で、この状況が不安になってる子もいると思う。その子が風越に期待していたこととか、風越でやりたいと思っていたことと今起きていることのギャップで苦しかったり、つまんない思いしてる子もいるだろうなーって思うんだよね。

ー うん。

それはtyphoonのやりとりでちょこちょこ感じるし。でもこの華やぎはもうね、あと数日で終わるから。

ー 終わる。

あっという間に、日常になるから。その時に本当にこう、一人ひとりの子が自分は今つくり手なんだな、どうやってこの状況で自分の日々を面白くするか、どうやってこの状況に、風越づくりに関われるかの手応えがないと、あっという間につまんなくなっちゃう。それは難しいことだよなとも思う。

でも、まだ僕たちがやれていないことで、やれることがあるんじゃないかな。そしてそれは、子どもとつくることでしか生まれてこないと思うんだよね。大人が提供し続けるだけでは、絶対生まれないことだなと思うから。

ー 大人が提供し続けるだけでは絶対生まれない。

ただ、でもどうやったらそこに行けるのかはまだわかんないなー。でも、行く方法は一緒につくる以外にはないと思うな。

ー 一緒につくるっていうのは?

オンラインでつながってる時間って、ほんのちょっとじゃない。スタッフと一対一で話したり、子ども同士で一対一で話したり、グループで話したりっていう、学校では当たり前にあるものが今は自然には起きない。起きにくいよね。たいていの時間は1人や兄弟や親との家での時間になるわけで。そこは僕ら見えないものね。見えないんだよ。

もし学校でやってれば、子どもたちの様子をうっすら感じることはできる。今、没頭してるなーとか、今日は調子悪そうだなとか、こういうことに関心持ってるんだな、じゃあこんなこと紹介したら面白いかもしれないなとか。日々のいろんなやりとりの中で、受け取ることができると思うんだけど、今は子どもの発信してくれることの中でしか見つけられなくなってるから、それが難しい。ということは、校舎でやるよりもずっとずっと子どもの持ってる力みたいなのにちゃんと委ねないといけないというか、ちゃんとそこへの信頼がないと、”今日どうやって過ごすの?”、”もっとこうやって過ごすといいんじゃない?”みたいな関わりになっていっちゃう。

自分のやりたいこととか、やったほうがいいなみたいなことや時間は、その子によって違うと思うけど、子どもたちは自分で見つけて、自分でつくっていける存在なんだと腹を決めて、これからのオンラインの時期を過ごせるかどうか。この状況が長く続くと、勉強どうなるんですかって不安が高まってくる保護者もいるかもしれない。そういう声にフォーカスしすぎて、スタッフから子どもへの提案が増えていくと、子どもは、”やらされる存在”になっちゃうから。試されるよね、子どもという存在をどう見ているかが。本当、試される状況だと思う。

はじまりの日・駐車場で受付をする2人

自分でつくる

ー オンラインだからこそ、より子どものことを信頼して、子どもに委ねていくことが大事だと。なんだろうな、子どもを信頼して委ねていくということは、逆に大人は何をすることなんだろう。

何をすることなんだろうね。そればっかり考えるね。

ー そればっかり考える。

うん、どうやって関わったりつながったりしていくことが、子ども自身がつくっていくことにつながるんだろうか、って考えるね。でもなんだろうな。限界はあるなと思っていて。オンラインでの関わりを研ぎ澄ませて解決という話ではないんだろうなあと思うんだよ。
一つは、その子自身が動き出すことが圧倒的に大事。子どもにとっては、この臨時休業期間って理想の学校とか生活とかをやってみるチャンスなわけで。今までは必ず何時までに学校に行かなくちゃいけなくて、1時間目は国語で、休み時間は20分しかなくてっていう生活から、自分でコントロールしてOKっていう状況だから、自分でつくるチャンスなんだと、子どもも大人も思えるかどうか。

僕が子どもだったらこの状況喜ぶと思うんだよね。やったーみたいな感じだよね。どうやって遊んで暮らそうかと思って日々過ごすよね。ある意味コントローラーを強制的に手元に戻された状況とも言えるからさ。

ー そうだね。

学校がコントローラーを手放さざるをえなくなっているんだよ、全国的に。大量の宿題を送りつけられることなんて子どもにとったら、なんてことないよね。

ー なんてことないね。

自分のコントローラを自分で操作する、自分のやりたいことを思いっきりやる、やりきるチャンス。時間はたっぷりあるんだから、思いっきりやってみたらどうかなと思う。

あと今、風越ではブックボックスを通じてライブラリーの本を届けているけど、今まで本なんてまっぴらごめんと思ってた子も、たっぷり時間あるから、一時間くらい読んでみるチャンスかもよと誘ってみるのもいい。もしかしたらそこにとんでもなく面白い世界が広がっていることに出会うかもしれない。これまでやってみたことないことをやってみるチャンスでもある。少なくともその選択肢は自分の手元にあるんだから、使ってみるといいと思う。子ども自身が使わないと、”これしなさい・あれしなさい”って、大人が予定を埋めようとしちゃったり、取り上げて、操作しちゃうかも。

ー コントローラーうまく使えないんだから、みたいな感じだね。

そう、こんなチャンスはなかなかないから、思う存分使ってみるといいと思う。いい意味でスタッフの手を上手に借りるといいよね。少なくとも風越のスタッフは、子どもにコントローラーを渡したい、子ども自身で操作できるように手伝いたい、伴走したいというスタッフ達だからさ。そんなことが1、2ヶ月やれたら面白いんじゃないかなと思うよ。自分でやり始めないと面白くならないと思う。

ー チャンスだって思ってる子どもたちって、どれくらいいるだろうな。

どれくらいいるだろうね。チャンスだと思って自分でぐいぐいやっている子もいれば、全然まだそんなこと考えてない子どももいると思うんだよね。やること思いつかないっていう子もいると思うの。だったら、誰かの真似をしてみたり、誰かと一緒にやってみてもいい。。やってみたことの中からこれ面白いやりたいって思えることが見つかるかもしれないしね。やってみて、面白いと思ったらそれにたっぷりと時間を使える、またとないチャンス。

やったことのないこと、みたことのないもの、試したことがないこともやってみるチャンスだなと思う。今、手元の中にある自分が楽しいと思うことのもう少し外側に自分が本当に面白いと思うことがあるかもしれないからね。

はじまりの日が終わったあとの校舎(丸尾さん撮影)

学校と家庭、スタッフと保護者

あとは、保護者と風越学園がどうやってその子の育ちに関わるパートナーになれるかっていうのは大きいなと思っていて。子どもたちの大多数は、この状況だと保護者と時間を過ごす。子どもたちにとっては、ほとんど全ての時間が保護者とのコミュニケーションが大人とのコミュニケーションのメインになる。その度合いが学校にいた時よりも大きくなる。この状況で、子どもたちが幸せな子ども時代が過ごせるように「  」になる、につながるために、たっぷりと試行錯誤できるために、保護者と風越学園はどう関わっていったらいいんだろうっていうことを、保護者とどう共有できるか。また、どう試行錯誤できるかはすごく大事なんだろうなって思うね。

保護者の関わる領域が広がったわけだから、保護者の持ってる価値観がグッと強くなる状況が続くんだよね。学校やスタッフが関わる領域がグッと狭くなる。だから、保護者とどういう話を積み重ねていくかは結構大事だろうなー。

ー どんな話を積み重ねるか、か。

っていうことはうっすら思うね。

ー なんか、一人ひとりの子どもがむしろ学校になっていったり、一つ一つの家庭が学校になっているのが今の現状なのかなと思っていて。子どもたち自身の理想の学校づくりとかは、まさに各家庭でどんな学校にしていきたいかの試行錯誤が始まっているのかなと。じゃあその時に、僕ら風越の役割とか担っていけることや、スタッフのいる意義はどんなところにあるんだろう。

どんなところにあるんだろうね。今までも子どもは家庭でたくさん育っていたんだよね、当たり前だけどさ。学校だけで育っていたわけじゃないよね、全然。それが見えるようになっただけかもしれない。そういう意味では大人の価値観や子育てに対する思いみたいなものが今まで以上に見えて、今まで以上に影響するかもしれないじゃない。

子どもは学校、地域、家庭、いろんな場所で育つんだよね。もしストレートに学校が始まっていたら、風越で育つことばかりにフォーカスしちゃってたと思う。学校の中で、どうやって子どもたちが自分たちの未来をどういうふうにつくっていくのかということや、自分で学びのコントローラーを持っているということに学校がどう貢献できるだろうかなど、学校の中でのやりとりに固執していたと思うけど、今もう残念ながらそれができない。じゃあ、子どもがどこにいてもそうやっていられるためにはどうしたらいいか。地域でも、家でも、もし学校にくるなら学校でも、子どもが自分の学びのコントローラを操作していく、つくっていくということを試行錯誤できるようにするにはどうしたらいいかと考えるといういいチャンスで。

本当に子どもが幸せに育っていくのに何が大事なんだろうということを、それを出し合って考えるいいチャンスなのかもね。楽しいことを提供し続けるのではダメなわけで。

ー ダメだね。

こういうことが気になってるから、こういうことやってみたいんですよねというのを、子どもにも保護者にも話し、やってみて、一週間こうだったねって3者が考えられたりするといいのかもね。

子どもを真ん中に置いて、今できることは何なのかをやりとりできるようになるといいのかな。その一番近いモデルとしてスタッフがいるといい。日々そういう試行錯誤をして、悩んで、試して、振り返って、これがいいかな、こっちがいいかなって。大人が今の状況を悲観しているんじゃなくて、今の状況の中でやれることを面白がっている存在でいると、そういう子が生まれてくるのかもしれないな。

未知だからチャンス

ー なるほど。保護者と一番近いところにスタッフがいるみたいなイメージなんだね。スタッフと子ども達と保護者の間で共通して持ちたい問いって、なんだろう。

持ちたい問いね。なんだろうね。シャープな問いにしたいけど、シャープにならないなあ。

ー どういう問いを持つと、子どもが、各家庭が、より幸せを感じられる日々を送られるんだろう。

いい質問だね。なんか3者が共通して持てる問いがありそうだね。

ー ありそうだね。

そう思うとあれだね、子どもを中心に置いてるけど、子どものための問いじゃなさそうだね。

ー ちょっと違ってきているねー。

違ってきているよね。この状況、たぶん続くじゃない。

ー 続く。

今ぱっと思いついたのは、”この状況の中で、僕らはどんな社会をつくっていきたいのか。”、”どんな社会になっていったら幸せと感じるのか。” でも社会と置くとちょっと遠いなーという感じがしちゃったな、今。

普通に学校が始まってると、僕らの意識は子ども達っていう方向に向かっていただろうけど、今この状況だと子ども達というよりは家族に向かっているし、家族っていうことをより学校として今まで以上に意識してる。保護者にとってもスタッフにとってもこの状況は未知すぎるからさ。

ー 未知すぎるね。

子どもにとっても未知だからさ、そういう意味では目線合わせるいいチャンスだよね。

ー 大人の方がより経験して知ってるという状況じゃないからね。

そうそう。むしろ大人の方があたふたしてるよね。子どもは大人ほど悲観していないはずで。だったら、ゼロからつくるとしたらどうする?とか、どうやったら日々私が楽しく生きられる?という問いが、スタッフにも子どもにも大人にも向けられてるんじゃないかな。

とっくんが言ってたけど、その楽しいってさ、なんか進んでいる、変わっている感じが楽しいみたいな根っこにはあってさ。人は潜在的に伸びたいと思っている存在。自分が変わってきてるな、変化してるなとか、そういう実感があると嬉しいじゃない。日々の中でそういう実感をどうつくっていけるか。結果として訪れるものだけど、そういう日々をどうつくっていけるかだろうね。

今この状況のなかでいろいろ試してみて、うまくいったり、いかなかったり、もしかしたらもっとこうできるかもというのを見つけて、またやってみたり。今のスタッフ見てると、そこは手放してないなと思うんだよね。この状況の中から、なんとかつくり出そうとしてる。ぽんとかも、本当楽しそうだもんね。なんかそういうのって他のスタッフに伝播するから。スタッフも子どもも保護者もそういうことを伝播させ合いながら、どうやってこの状況で面白く学んだり、遊んだり、生活していこうというのを持ち寄って、刺激し合う時期を過ごして。で、そういう時期を過ごしたうえで、いつか校舎に集まることができたら、とんでもなく面白くスタートできるんじゃないかなー。

(インタビュー 2020年4月20日)

* typhoon:軽井沢風越学園の子ども、スタッフ、保護者のためのコミュニケーションプラットフォームシステム。開校にあわせて独自開発した。

本城 慎之介

投稿者本城 慎之介

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みんなが同じ方向を見て、同じものを手にして、同じことを学ぶ時代は終わりました。どんな世界を見るのか、どんなものを手にして、どんなことを学ぶのか。それを一人ひとりが決める学校を創ります。そのような学びが展開される学校では、大人の在り方は大きく変わります。大人が学び続ける組織を創り、新しい学校の姿を提示していきます。

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