
2026年3月21日
開校して6年。
本当にいろいろなことがあったし、今もあるけれど、まずは立ち上げ期が終わったという実感がある。今、風越の現在地はどのあたりだろうか。
以下のかぜのーとは、実は自分の退職を決めた時に書いた記事だ。ぼく自身が現在地をどう捉えているかが書かれている。
あらためて退職を前に。
「子どもこそがつくり手」の学校だからこそ、子ども自身にその現在地の実感を語ってもらおうとインタビューしてみることにした。ここで学んでいる当事者であり、一番のつくり手である子どもたちのことば、それも上っ面の綺麗なことば、抽象的なことばではなく、実感がのっかった強度のあることばのなかに、現在地があると思う。
校内をうろうろしながら「よしインタビューをしよう」と決めたとき、ちょうど前から歩いてきたのが8年生のエナ、ハナコ、チイちゃん。
6年生の時から3年間、ファシトレ(マイプロジェクトで行われている「ファシリテーション・トレーニング」の略)で共に学んできた、学校づくりのパートナーだ。
その場で打診したら快諾してくれたので、お昼休みにきいてみた。
最後のインタビューだ。
子どもの声を通してこの10年の仕事を振り返ろうと思う。
__ 3人は小学校3年生から風越で過ごしているんだよね。2020年の最初の頃ってどんなことを覚えてる?
エナ:オンラインから始まった風越。6月の登校初日に(当時5年生の)ハルノに水引きを教えてもらったんだよね。それが一番印象に残っている。それがきっかけで今でもマイプロでやっているんだよね。今は自分が小さい子たちに教えたりしている。
__ そんな歴史あるプロジェクトなんだね!
ハナコ:私は、授業が選べるようになったことをすごい覚えていて。「選べるんだ!」って。あとは委員会とか何もないのに驚いた。私は公立にいるとき放送委員会に入りたいと思っていたけど、そうかないのか!って。結構ショックだった。今なら「ないならつくればいいじゃん」って思うけど、あの時はわからなかったから。
__ ぼくはハナコが「自分プレゼン」の前に、いつも泣きそうな顔して座っていたことを覚えているな。当時、どんな感じだったの?
ハナコ:「勉強しなさい」って言われるのが嫌だから、「これ頑張っているよ」って、都合のいいことを言わないと、またいろいろ言われちゃうなと思ってて。「認めてもらうこと言わなきゃな」みたいな気持ちで、考えすぎてそんな顔してたんだと思うな。
チーちゃん:今振り返って印象的だなって思うのは、授業がいきなり異年齢だったじゃん。小3の自分がいたのに5年生の子がいたり中学生がいて、同じルームで数学・国語を一緒にやったりして。(編集部注釈:その後、1学年ないし2学年ごとのLGに変更になった)その時は別にそれに抵抗がなかったんだけど、今は789年混ざって土台の学びをしていて抵抗を感じたりしてるんだよね。あの時、上の学年の人もよくやってたなって思うな。
__ 最初の頃、ホームで土台の学びとかやってたものね。今考えるとカオスだったねー(笑)そこからもう6年経ったんだけど、今の自分ってどんな感じ?
ハナコ:すごい性格が変わったなって思う。人というものがわかったというか。3年生で風越に来た時は、自分のことしか見てなかった。「自分が良ければいいじゃん」っていう考え方の方が多分強くて。でも今は、「相手も自分も中心」っていう感じがするんだよね。相手も私も納得いくことをしたいし、相手が嫌なことはしたくない。
「あの子今ちょっと困ってるかも」とか「こういうことで楽しそうだな」とかもすごい考えるようになって。人の役に立とうとしたり、人のために動くようになったなと思うかな。
__ 何がその変化につながっているの?
ハナコ:いろんな人とコミュニケーションするようになったことが大きいかなと思っている。年齢が違う人と話したり、それこそスタッフと話したりしていく中で、自分を客観的に見ることができるようになったかな。
「それは違うんじゃない?」とか「ここは変えてほしい」とか、直接ストレートに言ってくれる人もいるんだよね。それも自分を客観的にみる機会になった。
本当にいろんな人と話すから、いろんな人の考え方が自分の中に飛び込んでくる。しかもその一人ひとりが特徴的で、芯がちゃんとある。そんな人が集まっているというか、そういう人になっていく学校だなと思うな。
「自分たちがつくるんだ」っていう感覚がみんなにあったから、自分中心だけじゃ何もできないよなって思うようになったかな。
エナ:私は、一つはコミュニケーションを取るのがすごく好きになったな。話したことある人とだけ話すという狭い人間関係の感じで、自分から壁を作りがちだった。
7年生になってから友達にきいたら、「前はすごいやりづらかった」って言われたんだけど、何も答えずにただ教えてもらうのを待つみたいな感じで受け身だったんだよね。今では、もっといろんな人——大人とか外部の人とかも、小さい子とかもだけど——本当にもう同学年を飛び出して、異学年の本当にいろんな人と話したいなって思うようになったし、話せるようになったなー。
__ ハナコに聞いたのと同じこと聞くけどさ、その変化には何が影響してる?
エナ:だって、本当にいろんな人と話すじゃん。下の子とも大人とも。あとは8年生のコミュニティが安心できるし安定しているのも大きいかな。もう6年も一緒にいるから「みんな私のこと知ってるよね」みたいな安心感がある。どんなチャレンジをしても応援してくれる。「いやそれはないでしょ」とか言われたことないし、言われている人を見たこともない。安心できるコミュニティが基盤にあると、どんどんチャレンジできるなってのは思う。
チイちゃん:私は、ハナコみたいに性格が変わったみたいなものはなくて、根本的な自分の軸は変わってない。もともといろんなことに挑戦するのが好きだったから。
でも小5ぐらいの時に、その軸みたいなものが下がったんだよね。周りの視線が気になって。「これやったらどう思われるかな」みたいなのを常に考えながら過ごしてて。マイプロも全然やれなかったし。変化するのが怖かった。でも、今はまたいろんなことをすることが好きになって。だから今は新しいことに出会うとまず「やってみたい」って思うし「楽しそう」って思う。
__ 小さい人たちって「やってみたい」で暮らしているよね。それがちょっとずつ周りの目が気になっていって動きにくくなって。普通、思春期に入るともっと周りの目が気になって動けなくなっていく。でもチイちゃんは逆なんだよね。周りの目が気になる時期はあったけど、また気にならなくなっていっている。それは何が影響していると思う?
チイちゃん:きっかけの一つにファシトレが多分あるなと思って。私にとっては周りを見れるようになる練習だったな。聞くことに集中したり、場にすごく集中したり。ここはハナコにちょっと似てるんだけど、最初は自分のことだけで精一杯だったんだけど、どんどん他の人や全体をみるのが好きになっていって。それぞれの人が、それぞれ動きだすのがすごく面白くて好きなんだよね。
そんな感じで、ファシリテーションを学んでやってみることで、自分の「やってみたい」も楽しいし、いい意味で周りの人の「やってみたい」を見るのも楽しくなっていったな。
__ 改めて聞くけど、6年経って風越ってどういう学校ですか?
ハナコ:私は、「100がない学校」だと思ってます。完成形がない。何してもいいし、何でもできるし。いろんなチャンスときっかけとアイディアが転がってる場所だなって思う。だからこそ、そういうものがいっぱい転がってるから、いつでもゼロに戻れるし、つくってもつくっても、壊しても、風越自体はそこにある、みたいな感じ。伝わるかな。
100じゃない方が伸び伸びとしていられるし、みんなが自分の可能性だったり自分のやりたいことを目一杯やれるんじゃないかなって思う。100、つまり完成に近いとどうしても伸び伸びできなくなる。100点っていい状態とも言えるじゃん、「学校が100点だ」って。そうするとどうしても伸び伸びできない感じがする。
これまでつくってきた土台があるからこそだなとも思うんだよね。それをなしにすることはできないし、なしにしたくもない。その土台があるからこそ、いつゼロに戻っても大丈夫。常に余白がある状態にしておきたいっていうことなのかな。余白がある状態の方が私はすごく楽で、自由に生きられるなって思う。「こうしなきゃいけないんだ」とか「これにそっていないことはしちゃいけないんだ」とか、その感じは100点に近いな。それは嫌だな。
__ ハナコは徹底的に、やらされるとか決められてるってことが嫌なんだね。余白があって、いつでも学びのコントローラーが自分の手元にある状態が好きなんだね。
エナ:私にとっては、自分に対して試行錯誤できる学校。
風越でいろんなこと学んだり、いろんな人と出会うなかで、自分のことをよく知っていくなと思う。何をやっていても「自分ってどういう人なんだ」というのが見えてくる。私はいろんな人と関わった時が特にそう。でもね、ある程度「自分が見えたな」って思った2ヶ月後ぐらいに、また全然違うのが見えてきて。もうなんか完成形がみえないんですよ。2年前くらいは「自分はこんな感じだな」と見えたと思ったんだけど、また見えなくなってきた。でもそれはすごくいいなと思ってる。そういう今の自分が好きだよ。
たとえばチイちゃんはなんでも「楽しそう!」ってタイプだけど、私は一つを極めたいタイプ。そういう自分と違う人がたくさんいて、「エナはこうだよ」「ハナコはこう」「ちーちゃんはこう」みたいに違っていて、だから自分を知れるし、自分がちゃんとあるなって思える。
チイちゃん:エナと同じようなこと思ってた。「いろんな自分と出会える学校だな」って。
この6年間でいろんな経験をしてきて、その中でいろんな自分の姿が見えてきて、同時に自分の世界も広がっていく感覚があって。
最近自分がずっと考えているのは、風越のホームページに【「」になる】ってあるじゃないですか。あれは自分は何が「」に入るんだろうなっていうのを考えてて。「どんな人になりたいんだろう」とか「どういう未来を生きたいんだろう」という問いに向き合う機会がすごく多かった1年。まだ、「 」に何が入るのかはわからないな。ずっと探してる。
・
インタビューが佳境に入ったところで、8年生のショウタが通りかかったので、声をかけてみた。
・
__ ショウタ、いいところに通りかかった。ちょっとそこに座っていただいて。今インタビューしているところなんだけど、一緒に声を聞かせてもらっていい?ショウタにとって風越ってどんな学校ですか?
ショウタ:風越来てよかったなとはめっちゃ本気で思う。
学校って勉強だけじゃないんだなって思わせてくれたっていうか。多分おれが公立の学校に行っていたら、「学校ってどんな場所だろう」とか「つくるってどういうことだろう」」とか、考える機会もなかったと思うんだよね。そういう問いもそうだし、「つくる」ということに出会えてよかったな。
俺にとって「つくる」って自分を表現すること、自分を表現する方法の一つとして「つくる」があるし、でも「つくる」自体が目的な時もあるな。
チイちゃん:自分は「つくる」をすごく大きく捉えていて。「場をつくる」「学びをつくる」「何か表現する」っていうのももちろんだけど、たとえば積極的に関わっていなくても、その場にいるだけで「場をつくっているな」って思うし。もっというと、普通に生きているだけでも「人生つくっているな!」と思うし。
いつでも私たちは本当はつくっているんだけど、風越に来て「つくる」っていうのを言語化されて渡され、それを噛み砕いて、自分のものにした、という感じかな。
エナ:私にとっては「水」みたい。好きでも嫌いでもなくて、でもいつも身近にあるもの。見えない土台みたいなものですごく大切なもの。その土台の上にのっかって、いろんなことをしている感じ。私はずっとつくっていたい。
ハナコ:ずっと手元にある感じだよね。手のひらの上に「つくる」って文字がいつも乗っている感覚。
__ さて、いよいよ9年生、最後の一年ですね。どうしていきたいですか?
エナ:やっぱり学校づくり、頑張りたいなと思う。一番手をつけてこれなかったなと思うし、手をつけなきゃいけないと思う。この風越全体のコミュニティに関わることをがんばりたい。自分一人じゃできないと思うから、たくさんの人を巻き込んでやりたいなと思う。
そんな大きくバーンと変えたいみたいなことはあんりま考えてないんだけど、小さな変化がちょっとずつ起こっていけば、それがたまっていって、多分私たちがいなくなった後に変わり続けるんじゃないかなと思って。1年で結果が見えるまで持っていこうとはあんま思っていないんだ。卒業した後も、下の今の7年生、6年生が9年生とか8年生になるときに、風越としてのコミュニティがちょっと良くなっているみたいな状態を目指してちょっとでも貢献できたらなって思っています。
ショウタ:俺も風越を変えたいっていうのはずっと前から思ってるし、今聞いて、そういうことを思ってる人がめちゃめちゃいるんだなっていうのは心強い。
俺はエナのように「数年後良くなったらいいな、それに貢献したい」みたいな大人なことは言えないな。「俺らから変えたい」。マジでめちゃめちゃに変えてやりたい。僕はエナほど謙虚じゃないというか、いや謙虚だけど謙虚になりきれないというか・・・まだ子どもだからね(笑)。
でも「小さな変化」っていうのを聞いて「確かにな」って思ったな。小さな変化をたくさん起こして、それらがまとまっていって大きくなっていって、結果でっかく変えたいといいな。
__ ショウタの言う「でっかく変えたい」もエナのいう「小さな変化」もきっと同じ線の上にあるなと思って聞いていました。小さい変化が重なって大きな変化が生まれる。いきなりこんな変化っていうことはないけどね。ちっちゃい変化をどれくらい丁寧に重ねられるかだなと思いながら聞いていたよ。
ショウタ:だから丁寧にやりたいな。丁寧かつ大胆に。
チイちゃん:来年は「一度風越を壊したいな」ってすごく思ってた。スタッフも何人も変わるし、そもそも4月から今ある形が崩れるっていうことが一部で起きるかなって思うんだけど。
自分が卒業する前に、風越の固まっている部分をほぐしてというか、壊してから卒業したいなと思って。エナやショウタが言っていたように「学校をつくりたい」というのももちろんだけど、まずは固まっている部分からほぐしていって、大きな空の箱をつくって、そこに何か新しいものをつくりたい。でも、つくるのは自分たちの代じゃなくてもいいなと思っています。とりあえず卒業までに固まってる部分をほぐしたり壊したりしてみたいなって思ってる。
例えばだけど、今「午前中=土台、午後=テーマ」みたいな、そういう時間割的な日常で決まっている部分は壊したい。固定化されたりとかルーティン化されてきているものを一回ほぐしてみたい。自分で時間割を組む、的なことだってしたい。
__ 風越をどんな学校にしたいかと開校前に考えていた時、みんなでやるプロジェクトもあるし、自分で時間割をつくって学んでいく時間もあるといいなと構想していたことを思い出したよ。
ハナコ:さっき風越は「100がない学校」で、ゼロに近い姿であってほしいと思ってるんだけど、最近はつくれちゃったものも多いから、ゼロに引き戻すイメージでいたい。でも、「今がいい」っていう人ももちろんいるから、その人も取り残さないように。余白がある状態をつくる。今からやらないと間に合わない、あと1年じゃないですか。
__ なんかわざわざ面倒くさい方に行こうとするんだよね、大変な方に(笑)。頼もしく聞いていました。僕はあと少しで卒業なんですけど、6年間一緒に学校づくりができて本当に良かったなと思っているんだよね。自分にとってもこの経験が「もうちょい先があるぞ」と思えるようになった。
もしかしたら今のように簡単に話が通じなかったり、分かり合えなかったりすることも増えると思うんだけど、諦めずにいろんな人たちと「つくる」をもう一度やってみようかなと。公立の学校が代わっていくことにチャレンジしようかなと思っている。
それは「子どもこそがつくり手」を真ん中において、パートナーであるみんなとつくってきたからこそ、そう思えるようになった。
ぼくやここで卒業するスタッフにエールを送ってください。
ハナコ:ゴリさんは風越づくりにチャレンジして、ある意味理想というか、理想が現実に近い形になったのかなと思う。すごくいい状態になったって思ってるんだろうなって思うんだけど。でもその今の感じがゴリさんの中で大きすぎると、次のチャレンジで「なんでこうならないんだ」って比較しちゃうんじゃないかな。簡単に「風越でこうなったから次もなるはずだ」って思ってほしくはないなってすごく思う。
きっとまた別の形の理想や、いろんな人の理想や、現実や、偶然が合わさってできていくんじゃないかな。今ゴリさんが持っている理想もどんどん変化していくと思うの。
「偶然と普通が重なり合って奇跡になる」多分なんかの歌詞なんだけど、この言葉すごく好きで。世界はそうあって欲しいなと思うんだよね。いろんな小さなこと、すごい綺麗だなと思うものをかき集めて、生きていってほしいなと思います。
チイちゃん:子ども時代の経験、思い出ってすごくその人の人生に関わるなと思っていて。
私は、この6年間で知ったものとか出会ったもの、経験したものって、多分これから自分の人生の糧になるなって思ってるのね。やっぱり学ぶことってすごく尊いというか。机に向かうだけじゃない。何かを経験する、何かに出会うっていう、その学びがすごく尊いものだなって自分は思っている。
だからそんないろんな学びをしてよかったなって本当に思ってるから。そんな学校をつくりだしてください。いろんな子にいい子ども時代を。楽しかった!と思えるいろんな子ども時代を送らせてあげてください。
エナ:チイちゃんと似てるけど。私、来る前は普通の子だったのに ー今もそうだけど(笑)ー 風越来て変わった部分はたくさんあるし、風越来てからこそ経験できたことってめちゃくちゃあるし、教わったこともたくさんあるから。こういう学校が増えてほしいなって思う。私は風越に来て「幸せだな」って思う瞬間が増えたから。やっぱりそんな学校が増えたら、絶対幸せな子どもが増えると思うから。頑張ってほしい。
ショウタ:俺は絶対に、応援なんかしないよ。なんでかっていうと、応援する側ー応援される側とかじゃなくて、一緒につくる側、だからね。一緒にこれからも本気でつくっていこう。
これが最後の「かぜのーと」。
インタビューを終え、極めて月並みな表現だけれど「ああ、いい学校だな」という気持ちを味わっている。
6年間、「子どもこそがつくり手」ということばを、ぼくたちスタッフは繰り返し使ってきた。大切な理念として、旗印として、覚悟として。
でもそれってつまりどういうこと?という探究の日々でもあった。
目に見えるものじゃないから。数値にならないから。「できた」と言い切れるものじゃないから。
今日、4人のことばを聞いて、「あ、ここにある」と確信している。
彼らの日々の経験を通して、からだから出てきた質感のあることば。これ以上ぼくが何かを言い足す必要はないな、とも思えた。ぼくら大人が頭で考えて大切だと考えていることを、彼らは経験を通して実感を持って大切だと、自分の中から生まれたことばで言い切っている。
6年間、開校準備の時間を含めれば10年近く、ぼくたちは「子どもこそがつくり手」ということばを繰り返し使ってきた。けれど、それを学校の中で本当に実装していくことは、ことばで言うほど簡単ではなかった。むしろずっと、どうすればそれがただの綺麗事にならずにすむのかを問い続ける日々だったように思う。子どもはいつも大人の本気を、覚悟をじっと見ている。
うまくいかなかったこともたくさんあった。思うように進まないことも、立ち止まることもあった。それでも子どもたちとスタッフが、日々の微細なできごとや変化に向き合いながら、諦めずにつくり続けてきた。
何度もことばにしてきたが、理想の学校の姿なんてどこにもない。それは理想の社会がないのと同様に。だからこそ「まだまだ」だと変わり続けていること自体が、学校をよりよくしていくための条件なんじゃないかと思う。
大切にしたいことを大切にしながら、よりよいってどういうこと?と問い続けながら、よりよくしたいという意思を持ったものが考え続け、手を動かし続ける。「変わり続ける」意思をもった人たちが、共に影響を受け合いながらつくり続ける状態そのものが、よりよい学校の姿なのだとしたら、最後のインタビューは、今の風越がよりよい状態にあることを力強く示してくれたと思う。
ぼくはこれから、公立の学校が変わっていくことに、もう一度真っ直ぐにかかわってみようと思う。ぼくにとって軽井沢風越学園というプロジェクトは、スタートからこの瞬間まで「公教育(公立学校)が変わっていく触媒になりたい」という存在意義に支えられていた。
その願いを大切に持って、次に進んでいく。
「子どもこそがつくり手」であるという実感を、風越だけのものにせず、もっとひろい場所で、いろいろな人とつくっていきたい。その思いが、次の場所へ向かおうと決めた大きな理由でもある。
もちろん、風越で起きたことが、そのまま別の場所で起きるとは思っていない。ハナコが言ったように、別の形の理想や、現実や、偶然が重なりながら、また違う豊かな場が立ち上がっていくのだろう。険しい道だろうなと思う。だからこそ、比べずに、急がずに、でも諦めずに、もう一度ゼロから始めたいと思う。
持って行くのは、「子どもこそがつくり手」という確信だ。
風越はこれからも変わり続けていく。こんなに頼もしいつくり手たちがいるのだから。
ぼくも仲間と、つくり続けます。
いってきます。

幸せな子ども時代を過ごせる場とは?過去の経験や仕組みにとらわれず、新しいかたちを大胆に一緒につくっていきます。起きること、一緒につくることを「そうきたか!」おもしろがり、おもしろいと思う人たちとつながっていきたいです。
詳しいプロフィールをみる