2022年2月16日
(書き手・岡田 達明/日野市教育委員会から派遣・21年度派遣終了)
角幡唯介著『狩りの思考法』。この本に通底するテーマが「ナルホイヤ」という思想。これは、探検家としての氏がライフワークとして拠点に選んでいる極北、グリーンランドの地に住むイヌイットの言葉だ。ナルホイヤは「わからない」という意味で、未来を予測し、計画的に生きようとすることを否定するニュアンスが含まれているそうだ。イヌイットの口癖のようなものらしく、何を聞いても返ってくるのは大抵この言葉だ。
これまで6年生を担任することが多かった僕が、卒業式によく言っていたのが、「小学生時代のことはほとんど忘れてしまうけれど、忘れてしまっていい。でも、ふとしたときに思い出して、あれ面白かったな、とか。ちょっとでも未来に影響を与えられたのであれば、それはうれしいな」というようなこと。
軽井沢風越学園での派遣期間が終わろうとしている。1年間はあっという間というが、このあっという間にどれだけのことができたのだろう。正直、失敗や反省は多い。例えば「わたしをつくる」(わたつく)の時間。この時間、スタッフたちは「パートナースタッフ」として担当の子どもたちの伴走をする。このパートナースタッフという役割が難しくて、うろうろして子どもを探しては「今、何やってるの?」と声をかける。提案をするわけではない。最初の頃はともに面白がることもできていなかった。今はどうなのか、というと、やっと「面白がる」くらいになってきたんじゃないかと思う。
「トイレ掃除プロジェクト」「わたつくランニング」この二つは、伴走をしていて特に面白さを感じている。
「トイレ掃除プロジェクト」は3年生のノブとリクとナツキでやっているプロジェクトだが、始まり方は三者三様。
ノブはもともと2年生のときにトイレ掃除を熱心にやっていたらしく、トイレ掃除をすること自体を楽しいと感じていて、「え!トイレ掃除!やりたい!やっていいの!?」とニコニコ。
リクはトイレが汚い、ということをなんとかしたい、という気持ちがあり、かざこしミーティングで議題にしていた。そのときは、人が集まらなかったのだが、どうしてもやらなきゃ、という気持ちでいたらしい。
ナツキはたまたま僕がトイレ掃除をしようとしたときに近くにいて、「手伝ってよ!」と軽い気持ちで声をかけたのがきっかけ。一緒に掃除しているうちに熱が入ってきた。僕はその後、ミーティングが入っていたのだが、「だーちゃんは会議に行ってきてよ。こういうのは慣れてるから一人でやっとくよ」と。その後も時間をかけて掃除をしていたようだ。
その次の日、ノブとナツキ、リクが「昼休みにトイレ掃除をしようよ」とオフィスに声をかけてきた。3人の思いが一致したらしい。結局その日は昼休みが終わっても飽きることなく、午後の「わたしをつくる」の時間にかかっても掃除を続けることになった。普段使っているトイレ以外にも、水道の水垢なども落とそうと2時間近く掃除を続けた。熱に浮かされたような高揚感がメンバーに伝わっている。掃除は「わたつく」の時間にふさわしいのかな、と考えてみたが、これはいけるんじゃないか、と思った。
というのも、アルカリ性の汚れには酸が効く、じゃあ何を使って掃除をするか、などゴリさん(岩瀬)やゆうこりん(依田)が言っていた「小さく何度も試せる」プロジェクトになり得る。掃除道具を作ってみるのもいいだろう。専門家に聞くこともできそうだ。そして、必要感がある。
ということで、この「トイレ掃除プロジェクト」が始まったのだが、G(水澤)に酸性の洗剤をもらいに行ったり(Gが言うには、洗剤くださいではなく、「尿石落としたいから酸性の洗剤をください」と言いに来たのは初めてだったそう)、水道の水垢を落とすために酢や塩を試してみたりした。今度は湯の華とヤシ油の石鹸を混ぜてクレンザーを作ろうとしている。
予算申請のための計画書を一緒に作っていて、プロジェクトのゴールとなる期間を書く欄があったのだが、三人とも「卒業するまで」と言っていた。「掃除に終わりはないでしょ。それに、後輩たちに伝えなきゃ!」だそう。
「わたつくランニング」はアドベンチャーの授業で行った「遠足」(とおあし)を機に、長距離走熱が高まった(再燃した)同じく3年生のケンに誘われる形で始まった。もともと大学まで陸上部で中長距離をしていて、今も趣味程度に走っている僕は「一緒に走れるし練習にもなるし一石二鳥だな」と打算的に了承をしたのだが、自分から「やりたい」という気持ちで始めたことはやっぱり強い。5キロのランニングを終始嬉しそうに走っている。そんなケンの姿を見て、こちらも嬉しくなった。
ところで、「わたつく」で運動系のプロジェクトをやりたいという声が度々挙がるが、自分のしている運動をただやりたい、ということだったり、探究的な活動をめざすことと、本人のやりたいことにミスマッチが生じてしまうことがあったりと、伴走するのが特に難しく感じているものだった。だが、これはいけるんじゃないかな、と期待がもてた。
僕から1キロごとのラップや主観的な練習の強度などを書く簡易的な日誌を提案したが、記録に残せることで、成長が可視化される。また、心拍数を測ったり、ストライド(歩幅)やケイデンス(回転数)をとったりすることでも走り方を分析できる。考えてみると、ランニングが生涯スポーツとして世間に定着しているのも、自分という身体を使った探究の楽しさにもあるのではないかと思う。
これら2つのわたつくでの取り組み、関わっていて本当に楽しかった。自分も楽しいし、夢中に取り組んでいる姿を感じ取れることも楽しかった。これらが未来に影響を与えてくれれば嬉しいが、同時にもっと熱中するものを見つけてほしいとも思う。
この1年はずっと東京の公立で教員をやっていくと思っていた僕にはあまりにも予想外で、間違いなく自分の人生で大きな節目になるような出来事になるだろう。なんとなくこんな風に過ごすんじゃないかと思っていたライフプランも揺らいでしまうかもしれない。
この1年で関わった子どもたちがどんな風に育っていくのかも、楽しみだ。ジャグリングが好きなけんちゃんは「9年生になったらボール7つでできるようになってるかな」と言っていた。テーマで建てたニワトリ小屋もどうなっていくのだろうか。
一般的な学校からスタートしていない風越学園の未来は混沌としていて「ナルホイヤ」だ。でも、それを面白がる子どもたちであり、スタッフであってほしいと思う。少しでも学園に関われて幸せな一年だった。