風越のいま 2022年1月24日

心を伝えたい 道具、材料

岡部 哲
投稿者 | 岡部 哲

2022年1月24日

道具や材料を使いたいと思ったときに使えるようにしておく、というのはラボの基本的なコンセプトでありますが、それとは別軸で、一つ一つの道具や材料の丁寧な手渡し方が大変大切であると考えています。

 丁寧に手渡すということについて、一つの例を挙げてみます。例えば、子どもたちの発達や心理状態を見計らって、そろそろ金づちを使って釘を打つのが楽しくなってきそうだというタイミングで、木に釘を打つことから始まる造形活動をすることがあります。活動自体は、金づちを使って木に釘を打ち、楽しいものをつくるのが目的ですが、それには、道具を扱う身体的能力が体に備わっている必要があります。子どもにとって金づちは意外と重いため、筋力が発達していない子が扱おうとしても、釘は木に刺さりません。その人たちにとって、その道具が適切かどうかという判断を誤ると、それは単に失敗体験となります。力のない幼児に金づちを使わせたいのであれば、事前に柔らかい木に適切なサイズの釘、軽い金づちなど、準備することができますし、中学生くらいであればもっと高度な接合方法を提案してもいいかもしれません。要は、こちらが手渡す以上は、心身ともに子どもの発達に合っている道具、材料、つくりかたを見極める必要があるということです。

釘打ちに関する基本的な道具、真ん中「玄能」は重さもサイズも様々。曲がった釘も使います。

 二つ目は知識です。金づちを始めから力強く叩くと、木に釘がうまく刺さらないだけでなく、指を打つかもしれません。有名な話ですが、『はじめに釘をつまんでやさしく「トントン」。続いて釘が立ったら指を離して「ドンドンドン!」、最後はやさしく「トントントン」だよ。』と伝えると、子どもでも始めから安全にうまく釘を打つことができます。ちなみに最後のトントンは、木の表面を傷めないためなんです。そして、金づちの中でも日本の玄能(げんのう)は平らな面と、曲がった面があり、そのあたりの理由も実践を交えて子どもに応じて伝えていきます。また、いくら発達に合ったものを使っても、こちらの想定を超えたつくりたいものや、釘の打ち損じが次第に出てきます。そんなときに、ここでもタイミングを見計らって様々な釘の打ち方、抜き方を見せながら知識として提案できることも重要です。

「クーギー星人」3年生・・・釘を打つという行為から、つくるものへの愛着へ。

 最後に必要なのが、道具を扱う「心」です。こんな活動では、何よりも心地よく釘を打つことができれば心は充実します。ですから、「曲がらないように」とか「しっかりつくろう」なんて言う必要はありません。楽しければ子どもは自分で工夫できるからです。その上で、しっかり伝えたいこともあります。金づちがいつまでも使えるように、「土が付いたり氷を割ったりしたら、きれいに拭いておこう。」、とか、「釘は地球の奥から切り出した鉄を分けてつくっているんだよ」、という話をします。「僕が登りたい岩を探しているときに、崖に空いた大きな黒い穴を覗いたら、採石のために中身が無くなって丸々空っぽの山だった。その石が僕らの家や町をつくるのに使われているんだね。」なんて話も。私達はたくさんのものを地球からもらっていることを、ちょっと知ると一本の釘も無駄にしたくなくなります。そう考えると、釘そのものにも、つくるものにも愛着が湧いてきますし、釘を打つ姿勢だって変わります。曲がった釘も使いたくなるでしょう?

「くぎうちビー玉めいろ」 5年生・・・ただ釘を打つという行為の中にも、整然と打つ、曲線を打つ、高さの変化、ジャンプ台や橋をつくるために思いついた打ち方の工夫など、ひらめきが随所に生きている。

 いい道具や材料を使って、釘を心地よく打つ事ができたとき。それは自分の力でやりきった!という実感ができるとき。そんなときに、子どもたちの心が大きく躍動します。だから、子どもたちに、道具や材料をただ渡すのではなく、一つひとつ丁寧に手渡し続けたいと思うのです。丁寧に手渡すということは、心を伝えるということなのかもしれません。

『澄・雪・月』(1992・岡部 哲)

#2021 #ラボ #わたしをつくる

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どういうわけか、大変な方に転がってしまうんです。楽しいけど。

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