2021年6月8日
今年度から新しく始まったことのひとつに、後期の「アドベンチャー」カリキュラムがあります。甲斐崎(KAI)と寺中(アンディ)を中心に、自然の中での「アクティビティベース」「セルフディスカバリー(今年度は6年生のみ対象)」プログラムのほか、「リレーションシップ ラボ」としてホーム単位で異年齢の関係づくりの時間を持っています。
アクティビティベース初回は、5月26日に5,6年生15人が黒斑山登山に出かけました。
子どもたちとの最後のふりかえりでは、カモシカ、植物、ハイマツ、虫、木の大きさの違い、軽井沢との植生の違い、自然のスケールの大きさなどの自然への気づきを共有していたことが印象的でした。登るプロセスや目標達成のことを考えてしまいがちですが、大自然の中に入ったら、まずはそこだよな、子どもの感性ってそうだよなぁと思った次第です。これからも、いろんな自然に触れて、センスオブワンダーを感じてほしいと思います。今後も季節に合わせて、ロッククライミング、キャンプ、カヌー、スノーシューなどを予定しています。
年間を通じたカリキュラムの企画設計とアクティビティベースの一部は、日本アウトワード・バウンド協会(以下、OBS)の田中裕幸さん、志村誠治さんにサポートいただいています。寺中を交えた4人で、アドベンチャーカリキュラムについてやりとりしました。
(甲斐崎)僕は、これまでの経験から冒険教育、アドベンチャープログラムを学校でやることの絶対的な価値を感じています。公立小学校で仕事をしていた時にも、担任のクラスの中でプロジェクトアドベンチャーを取り入れていました。
風越学園は森や川、小さな山など豊かな自然環境に囲まれていますが、大人の声かけがないと、後期の子どもたちの多くは1日のほとんどを校舎の中で過ごしています。また子どもたちが自分で自分の学びを計画するため、大人の伴走の仕方によってはその子にとってのチャレンジが生まれにくい。後期全体のカリキュラムとして、アドベンチャーを実現してみたいと考え、昨年秋から準備を始め、今年度実施することになりました。
アドベンチャーには、リスクを孕むことへのチャレンジによって、人の成長を促す力があります。僕が感じている意義や価値の一番は、そこにあります。もちろん、日常の学校生活でもいろんなチャレンジがあるけれど、ともに関わるスタッフがちょっと手を出しすぎてしまったり、成功しなきゃいけないという価値観を植えつけてしまうことがある。非日常のアドベンチャーを体験することで、日々の学習や生活も含めてアドベンチャーとして捉えて、子どもたち自身の力で成長していけるんじゃないかという思いがあります。
(田中)アドベンチャーを授業に取り入れることで、風越のスタッフにとっても日々がチャレンジになることはありそうですね。KAIやアンディは、日々の学校生活も含めてチャレンジと捉えているけれど、一般的にはそうは見えていない学校の先生のほうが多いかもしれない。いろんな学校とご一緒する中で思うのは、チャレンジやリスクになる前に、なんとか防ごうとするアプローチを取る先生が多いんです。
僕らの存在はある意味、非日常のカンフル剤でしかなくて、日常化するのは先生たちにしかできない。同じ子どもの姿を見ていても、スタッフの視点と、私や志村の視点は違います。なので、本当に価値があるのはアドベンチャーそのものというよりは、それが終わった後の先生たちとのふりかえりのミーティングだと思っています。非日常の私たちがいることで、先生たちの視点が変わります。
子どもたちにとっては、アドベンチャーの時間を通して、自らの心の揺れを観る力をつけ、日常の中でも子どもたち自身が課題を解決できる力をつけていくことが大きな目的の一つです。僕たちの言葉だと、「出航準備」と言っていますが、先生が課題を解決する存在ではなく、子どもたちの人間関係の中でなんとかできる力が社会に出ていくうえで必要ではないかと考えています。風越学園では、こうしたねらいを一緒に持って、カリキュラムをつくりあげるプロセスをスタッフと一緒にできる。そのことが嬉しいです。
(アンディ)違う見方を出し合うというのは、本当に価値だなと思っていて。学びって、本当は感情と切り離せないんだけど、何を学んでいるかにフォーカスすることが当たり前とされています。一方でアドベンチャーの学びは、無視できないくらい強烈な感情の体験と結びついているから、スタッフが感情を露わにする子どもたちの姿を目の当たりにするとか、スタッフ自身が同じ経験することを通して、学びと感情の結びつきについて認知できていくんじゃないかなと思っています。
さっき裕幸さんが話してくれた、チャレンジやリスクを先回りして、大人がつい手を出しちゃうみたいな話も本当によくあって。でも野外の良さって、ある種の理不尽さと出会えることですよね。これだけ準備したのに、どしゃ降りの雨が降ってこれ以上できないとか、雷によって、先に進む選択がないとか。同時に、結果との因果関係がすごくシンプルなんです。たとえば、あともう少しが届かないから、落ちてしまう。怪我したから、登れない。自分がやったことの結果が、まっすぐ自分に返ってくる。その両方が野外の価値だなと思っています。日常においても、子どもたちが行為した結果は、ちゃんと子どもたちに返ってくる方がいい。理不尽を人がつくると不自然になるけれど、日常の中にもそういうことがいっぱいあるはずで、風越学園の中と野外での体験の良さが、「アドベンチャー」というカリキュラムを通じて繋がっていくといいなと思います。
ー(かぜのーと編集部)去年は、ホームのスタッフだけでホームの試行錯誤を扱うことが多く、他のスタッフの関わりしろがなかったけれど、今年は「リレーションシップ ラボ」でKAIさんとアンディが関わることによって、よい変化があるんじゃないかなと思って見ています。
(甲斐崎)そうですね。毎週、僕とアンディがホームに1時間入っているので、僕らからホームのスタッフに子どもたちはこう見えてるよ、と伝えています。ホームのスタッフにとっては、自分たちのホームって、今どんな状態だっけ?とアセスメントして、次にどんなことが必要なんだろう、と自然に考えられる仕組みになっている。じゃあ、次はこんな感じでアプローチしてみようか、とやりとりができる協同のプロセスです。また毎回の記録は全ホームスタッフが閲覧可能にしているので、自分たちのホームだけでなく、他のホームの状態も見ることができます。
(アンディ)しんどい状況に置かれているときは、どうしてもしんどいことだけが見えてしまう。でも、僕らのような外部の視点が入ることで、本当は起きているいいことにも目がいくようになるんじゃないか、という手応えがあります。
また、関わり方は自分の特性と切り離せない。それが1対1の関係で閉じてしまうと、メタに見ることがない。定期的に外の存在が関わることで、スタッフが自分の関わりを自分もろとも振り返られるということがあるかなと思います。
(甲斐崎)アクティビティやリレーションシップラボの時間を通じて、日々のホームの中では見えないその子の新しい側面、この子ってこういうところがあるんだ、こういう場面でこんな感情やこういう行動をするんだというのが、必ず現れます。僕らが場のファシリテートをすることで、ホームのスタッフは客観的にじっくりと子どもたちの感情含めて観察する機会にすることができているんです。
(志村)ふりかえりの時間では、この場面はどのように見たかもっと聞いてみたいと質問してくださるスタッフがたくさんいて驚きました。僕らの観方、捉え方がスタッフとは違う視点だから、日常で疑問に思っていることが解消できる機会になっているのかなと思います。
(田中)たとえば、ふりかえりの場面で子どもに「やってどうだった?」と質問すると、「普通・まぁまぁ・いまいち」みたいな答えが返ってきます。そうではなく、「やってみて、あの時の気持ちはどうだった?」という発問の違いだけで、別の世界が広がります。また、いきなり順番にふりかえりを一言ずつ、とすると声の大きい子に場が引きずられてしまうことがある。シェアする前に、一人ひとりが少しでも書き起こすことで自分と先に向き合うことができます。そういうふりかえりの時間の持ち方がいろいろあるということも、スタッフのみなさんの学びの機会にしてもらっているようです。
また、教員養成課程で、感情の扱い方についてはトレーニングを受けないんですよね。子どもたちのネガティブな気持ちや感情に蓋をしたり、防いだりするアプローチではなく、むしろそれを浮き彫りにして、どう扱っていけばいいかをみんなで考えることが、学校という文化に少ないんじゃないでしょうか。アドベンチャーのカリキュラムでは、あえてネガティブな感情をまっすぐ扱うことを試みているんだけど、まだ始まったばかりで、スタッフの皆さんの中にも抵抗があるんだろうなという場面が見られます。
(甲斐崎)学校は、嬉しい・楽しいなどのポジティブな感情を大事にして、子どもたちにそういう感情を持ってもらいたいと先生が働きかけることが多いけど、OBSのみなさんはそういうことと一線を引いていますよね。むしろ、つらい、苦しいことを含めて沸き起こった感情にまっすぐ向き合う。学校の先生は、そこに苦手意識があって避けようとするんじゃないかな。アドベンチャーは、苦しいという感情が湧いたときに、どう向き合うかが突きつけられる機会になっていますね。
(田中)ハワイに「雨が降らなければ、虹は出ない」ということわざがあります。嫌な状況を越えて、はじめて虹が見える。でも、最初から虹を求める人が多いんじゃないかなという気がします。風越の考える自由さや、自分たちでつくることはすごく共感しています。一方で、自由の裏にある責任との両輪じゃないかな、ということも感じています。
4月に実施したアドベンチャーラリー(学校の敷地にある森で、いくつかのアクティビティを設置し、2学年ごとのラーニンググループで丸一日をかけて挑戦した活動)の授業を通じて子どもたちに感じたのは、圧倒的な経験不足です。他の子の姿を見てはいるけど、どう声をかけたらいいのか、どう関わればいいのかがわからず、何も働きかけない、という場面がたくさんありました。他者にこんなふうに助けて、とヘルプメッセージを出せる、あるいは手を貸そうか?と声を出せるという体験が、日常にも活かせるようになれば、スタッフや誰かがなんとか助けてくれるんじゃないか、という意識もなくなっていくんじゃないでしょうか。周りからの評価ではなく、本当の意味での自己信頼に気づいて社会に出ていける準備を、KAIやアンディと一緒につくっている気持ちです。