風越のいま 2021年5月24日

はじめの一歩 ~飾りじゃないのよ涙は~

甲斐 利恵子
投稿者 | 甲斐 利恵子

2021年5月24日

3月31日、 前任校の最終勤務日。片付けやら挨拶やらを済ませて軽井沢に向かった。長い長い時間をかけて創られてきた「自分」。思いや考えや価値観や、ふるまい。何より積み重ねてきた自分の「言葉」は新しい場所でどんな姿を表すのか。

4月1日、スタッフ出会いの日。10人程度の小さなグループで輪をつくる。「まずは、これから始めますか。」というわこさん(斉土)の声。絵本の朗読『わたしと あそんで』が始まる。深く、静かにお話に引き込まれていく。

「静かにして」と言わないでも静けさをつくっていく朗読の力。こんなふうに、余計なことを言わないですむ声を、わこさんはどうやって手に入れたんだろう。上手に読もうという意思や練習を懸命に積み重ねただけでは表現できないものの存在。それは、何だろう。

かざこしミーティングの日、前期の子どもたちと過ごせる機会を得た。その日は一段と空が青くて、絶好の「前期日和」。

子どもたちに近づく。子どもたちは口々に「これ、チョコレート!」と言って鍋の泥水をこねたりかき回したりしている。「あのね、あのね、もうすぐできあがるの。」しゃがんで一緒にかき回したら泥水がはねて顔についた。あははと笑ったら、その子のほっぺにも付いていた。


もう何十年も前のことになるけれど、小学校の先生になりたかった。幼稚園の先生にもなりたかった。そうそう、これこれ、こんな時間を過ごしたかったんだ。楽しくなってきた。手押し車に石ころを乗っけて、「よいしょ、よいしょ。」と言って坂道に挑戦している子。「それはなんですかあー」と声をかけると「これは石でーす!」という答え。そうか、そうか、石なのか。石なんだね。気がつくと、いろんな子たちが、私の足に、手に触れて、話しかけていた。「みんな、玄関前に集まってー」の声で玄関前に集合する。「あのね、あのね」が重なって、つないだ手がぷくぷくして心地よかった。

そしたら後ろから声がした。「離れて。子どもたちから離れて。」続けて、「今、子どもたちは大人から離れる大切な時期なの」。わこさんのきりっとした物言いに、はっと我に返った。一瞬で状況を把握した。あ~、やらかした!そうだった!ここは風越学園で、近所の公園ではなかった!申し訳なかったとの思いでいる私に、わこさんの相手を気遣う声がした。

「ごめんなさいね。今、あの子たちは大人たちから離れて子どもたち同士の関係をつくっている大切な時期。せっかくつくってきた時間がまたもとに戻ることになるんです。」

それからの私はなかなか頑張っていた。切り株を転がしながら「むりだよ~。誰か助けて~。」と半泣きの女の子がいた。明らかに「誰か」とは私のことで、すがるような目をしている。確かにまん丸の切り株とは違って転がすには大変な切り株を選んでしまっている。手を貸すわけにはいかない。が、この子には相当荷が重い。いやいや、頑張るんだと空虚なかけ声しか思いつかない。

そこへ、まん丸の切り株をころころ転がしながらてんてん(臼田)がやってきた。その子の前を通り過ぎる。「あ~、大変だねえ。こっちの方がいいねえ。交換する?うん、じゃあ、じゃんけんで勝ったら交換してあげる!」。

あ、その手があった。しかし待てよ、てんてんはどうやって負けるのか?! 二人の対決が始まった。その子はもちろん、てんてんの気合いも十分である。てんてんは大きく腰を落とし、腕を後ろにぶるんと振って、「最初はグー!!」と大声で言った。その子に勝って欲しくて、祈るような時間が流れた。しかし、勝ったのはてんてんだった!

てんてんは、「よし!」と言った後「じゃあねえー」と、まん丸の切り株をころころと転がして行ってしまった。その子は、しばらく呆然としていたが、斜めにしていた頭をくいっとまっすぐにして、敗者になったからには仕方なしの表情で、再び切り株との格闘を始めた。

わこさんの深く静かな朗読の声、きりっとした仕事に徹する人の声、気遣う優しい声、本気で勝負するてんてんの大声、十分に落とした腰、大きく広げて踏ん張った足、力のこもったグー。どれもこれも、「本気」が生み出しているんだろうなと思った。

お昼のために校舎に戻る砂利道で、ふいと頭の中にメロディが浮かんできた。中森明菜の「飾りじゃないのよ涙は」である。たぶん、反省した私は「遊びじゃないのよ仕事は、はは~ん♪」と歌いたかったからではないだろうか。

甲斐 利恵子

投稿者甲斐 利恵子

投稿者甲斐 利恵子

九州生まれの九州育ち。お気に入りの九州弁は「よか、よか、気にせんでよか」。いつまでも子どもたちのそばにいられる幸せを感じています。

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