スタッフインタビュー 2020年1月15日

今その子に必要な予感がする存在として、隣りにいる (清水春美)

清水 春美
投稿者 | 清水 春美

2020年1月15日

養護教諭として関東にある小・中学校で経験を重ねてきた、清水春美(通称:はるちゃん)。2019年4月から軽井沢風越学園に仲間入りしました。

「子どもたちの日々のなかに、生きる原動力をちりばめたい」とプロフィールページに言葉を綴った彼女は『養護教諭』という仕事をどう捉えているのか。そこから話を聞かせてもらうことにしました。

目の前にいる一人ひとりと向き合ってオーダーメイドする

養護教諭は、子どもにとって「何かあっても、なくても、会いに行っていい大人」だといいなと思います。そして、私(養護教諭)はその子にとって「今必要な予感がする存在として、隣りにいる大人」で在りたいなと。

ー 今必要な予感がする存在として隣りにいる大人、ですか。

手当をしたり、先生として指導をしたりする時もあるし、おしゃべりをする友だちみたいになったり、甘えられるお母さんみたいな存在になることもある。ひとつの役割にとどまらず、変化しながらその子に合わせて隣にいるイメージです。

うまくいった関わり方があったとしても、その方法が子どもたち全員にうまく合うわけではないから、目の前にいる一人ひとりときちんと向き合ってオーダーメイドしていく感じもありますね。


ー はるちゃんの話を聞いて思い出したけど、保健室って私にとって「保健室の先生に会いたくて行く場所」でした。

保健室って、子どもにとって訪れる回数がバラバラな場所ですよね。卒業するまでに数回しか行ったことがないという子もいると思う。でも、実際には訪れないとしても学校のなかに「いつ行ってもいい、受け止めてくれる大人がいる場所」ということを知ってもらうだけでも違うのかなと思っています。


だから子どもたちの名前は全学年全員覚えて、名前を呼びながら挨拶をするようにしていました。「あなたに届けているよ」という気持ちが伝わるといいなと思いながら。

人間関係と生きづらさに揺れる、子ども時代

ー そういう大人がいたのかな?子どもの頃のはるちゃんには。

私の場合、原体験になるような人はいなかったですね。そもそも、あまり学校が得意な子ではなくて。「学校って面白くないなあ」と、行かなかったり、遅刻ばかりしている時期もありました。

ー 学校の何が面白くなかったのでしょう?

なんか全てのことにモヤモヤする感じがあったんですよね。子どもの頃って、自分の出来ること・出来ないことに向き合うのがすごく難しかったし、周りの反応ばかり気になっていたなと思います。実際、出来ないと認めてもらえないし、逆に出来ると「すごい」ってみんなの人気者になったりして。そんな周囲の様子や、友だちとの関係性に気を遣わなくちゃいけないことにも疲れてたのかも。

ーよく笑って、人の輪のなかでいつも楽しそうにしている今のはるちゃんのイメージとギャップがありますね。

周りを気にしすぎちゃうところは実は今もあるんだけど、大人になってそういうことにうまく折り合いがつけられるようになったんだと思います。

ー たしかに、子ども時代って自分自身も自己と他者の境界線が曖昧だし、集団を意識して行動するシチュエーションも多いから、大人より生きづらさを感じる瞬間が多いのかもしれないなぁ。

私自身、大人になってからのほうが生きづらさみたいな感覚は薄くなっているし、大人になると子どもの頃より自分でどうにかできることが増えるんじゃないかなと感じています。だからこそ、大人に辿り着くまでの不器用で、まっすぐだからこそ揺れる子ども時代が少しでも健やかになるといいなと考えているのかもしれません。

何事もなく全て順調というのは難しいと思うんだけど、心が折れて何もできなくなる前に揺れながらも進んでいけるといいなぁって。

生きづらさの話と矛盾するかもしれないですが、学校が苦手だと言いながらもすごくお世話になった先生もいるし、学生の頃に出会った友人や大人、社会人になって育ててくださった方々がいて今があると思っているので、子どもの頃にそんな大人たちが近くにいたらいいなとも思っています。

そして私は、そんな揺れながらも生きていける仕掛けをつくる大人として、揺れてもまた戻れる場の一つとして、子どもたちのそばにいたいなと。

ー 仕掛けをつくる大人。

自分の人生は自分で歩んでいかなくちゃいけないと思うんです、結局。

だから、私がグッと引っ張ったり、大きな喜びをつくったりするというより、子どもたちが存在を認めてもらえたような感覚を持てること、ふと思い出した時によかったな、面白かったなと思うような出来事の積み重ねや、からだや心の調子がよい状態でいることなど、ちょっとした、調子がいい感じをつくるお手伝いをしたいなと思っています。

これからの風越と、これからの私と

ーここから少し風越の話をしたいのですが、4月からいままで過ごしてみてどうですか?

面白いとわくわくしている時と、ゼロからやるのって難しいなという時をずっと繰り返している感じです。結局大人になっても揺れてますね、私(笑)。

特に風越にきて最初の半年は、他のスタッフたちと学校づくりの中で、教科の話やカリキュラムの話をすることが多かったんですが、私自身は教科に対する経験値とか知識が乏しくて。そこに負い目も感じたし、子どもたちの学びに強く光が当たるからこそ、「私が風越にいる意味はなんだろう」と考えたり、もやもやしたりしました。

でも色々と考えていくなかで、それってずっと考え続けなくちゃいけないことなんだろうなと思ったんです。子どもたちが自分の学びを存分に味わえる環境に「養護教諭である私がいる意味」を、4月開校する前も後も考え続けて、自分の中に見出せるようにしていくものなんだなと。

事務的な面では、保健室の物品を一から決めたり、学校医さんとの契約を進めたり、初めて経験することもたくさんあります。今までは、自治体からの通知やすでにある環境を基に動いてきたので、こんなに支えられていたのかと、大きな衝撃を受けました。

ー 風越では、保健室や養護教諭の在り方も変わるのかな。

養護教諭としての専門性やベースになる部分は変わらないと思います。それを発揮する形が変わるっていう感じかなぁ。

子どもたちは教室や園舎のなかにずっといるというよりも、いろんな場所で活動しているイメージなので、養護教諭の動きも今まで自分が経験してきたものとは変わるだろうなと。子どもたちの動きが変わることに合わせて、養護教諭の動きも柔軟に変えたり、工夫したりしたいと思っています。

ー 具体的にどんな姿を思い描いていますか?

たとえば、私自身もずっと保健室にいるというより、リュックサックに必要なものをいれて子どもたちのいるところに行ったり、一緒に活動したりすることがあるだろうなと思っています。子どもたちの活動の幅が広がる分、怪我の手当を子どもたち自身やスタッフが対応できるように、準備したり研修したり、体制をつくることも、より必要になるなとも考えていますね。

あとは、健康診断などの行事や健康教育のことも、柔軟な形で計画させてもらえるので、子どもたちの探究の中に、保健のことも織り込んで普段の学びの一部になるようにしたいなと思っています。

11月に、かぜあそびでの健康診断を一緒にサポートさせてもらったんですが、健康診断を担当してくださったほっちのロッヂのみなさんの関わり方や、小さな人たちが自分のからだに興味を持って、からだのポスターを見つめたり、からだのことを質問したりしている姿を見て、年齢に関係なくできるんだなと実感したので、さらにわくわくしています。

そんな未来を想像した時に、子どもたちのそばに養護教諭である自分がいる意味って、なんだろう?と考えたりもします。もしかして、養護教諭がいなくても自分たちで対応できる子どもたちが育つ未来があるのかもしれないな、と。とても理想的な反面、それって仕事がなくなるってことなのか?とも思ったり。

でも、そんな未来がきても、養護教諭としての関わりしろってあるんじゃないかなと思うんです。専門性を持ちながら、柔軟に動けるところが、養護教諭の職のおもしろさ。子どもたちの学びの形や環境など、いろんなことが多様になった先で「自分(養護教諭)は何ができるのか」を見つけたいですね。

風越では、子どもも大人も試行錯誤し続けると思うので、養護教諭としても試行錯誤を重ねたいし、変態し続ける養護教諭でいたいなと思っています。

インタビュー実施日:2019/11/01

清水 春美

投稿者清水 春美

投稿者清水 春美

子どもたちの日々のなかに、生きる原動力をちりばめたい。いってらっしゃいと送り出しながら、いつでも戻れる場を整える。自分の人生を生きてほしいと願うから、生きるためのサポートを丁寧に。

詳しいプロフィールをみる