「最近、どう?」 2020年7月7日

「自分じゃない人を通して気づく。そして表現していく。」小山裕嗣

本城 慎之介
投稿者 | 本城 慎之介

2020年7月7日

風越の3、4年生の「おはなしづくり」のプロジェクトの初日、6月5日。プロジェクトメンバーの18名とまんぼさん(舞台演出家・演劇教育実践家)は初対面。自己紹介をするまんぼさんに「マンボウ?」と聞き返す子どもたち。おおきな身体だからだろう。「いやいや、魚のマンボウじゃなくて、音楽のマンボ」とにこやかに答え、そのおおきな身体をリズミカルに揺らすまんぼさん。そんなスタートだった。

そして、7月1日のアウトプットデイ。即興劇をしている彼ら彼女らは、見に来ている人たちのことはまったくといっていいほど意識していない。だから、正面も向いていないし、声も聞き取りづらいし、何しているかわからない部分もある。そう、子どもたちは発表なんかしていない。でも、リラックスした表情でそれぞれの表現をたしかにしている。まるで”ごっこ遊び”をしているように。そのごっこ遊びの様子を、そっと僕らは覗き見させてもらっている気分だった。

このプロジェクトが始まって1週間経った頃、まんぼさんにインタビューさせてもらった。

新しいことが自分のなかで動きだしている

ー〔本城〕最近、どうですか?

〔まんぼ〕コロナのことは大変だなと思いますけど、僕自身はすごくわくわくしていて。

ー わくわくしている。

コロナ前は、いろんなことが便利になりすぎていて、怖さを感じていたんですよね。不便をしなくなっちゃったなって。何か欲しかったら24時間いつでも買えるし、お腹空いたと思えばいつでも食べに行ける。でも今、いろんなことに制限がかかったことで、みんなが思考し始めたなと思うんです。

僕自身も、劇場って三密の一番最たる場所で今年もう3本くらい公演はダメになっちゃったけど、「じゃあ、密閉とっちゃえ」と思ってて。野外どこでも劇場はできるんじゃないかなと、いろいろ考えたりしています。

だからショックはあったんですけど、あまり自分のなかにネガティビティはなくて。新しいことが自分のなかで動きだしている感じですね。

ー 今、風越の3・4年生と「おはなしづくりプロジェクト」をやってくださっているんですよね。

そう、むーちゃんから「子どもたちだけで、ももたろうとシンデレラを繋いだ物語をつくれますか?」と連絡がきて「できます、できます」とお答えして、翌日から(笑)。

台本を先に与えてしまうと、子どもたちはそのセリフを言うことに捕らわれてしまうから、その制限を一度外していろいろ試してみたいですねという話をして。何もないゼロベースから物語つくってみようということを、4週間後のゴールのひとつにしようと決めました。

そうしたら、昨日で4回目だったんですけど、もう「自分たちでつくらせてくれ」って。

ー ももたろうもシンデレラもいらないと。

そう。ベースのない、何もないところから自分たちでつくりたいって。想定したより3週も早かったんですけど(笑)。

演劇は、PLAY(遊び)でありDRAMA(行動)である

ー 今回、子どもたちに「みんなこれから演劇をしますよ」ということを、はじめる時に伝えていないと聞きました。何か意図があったんですか?

幼稚園から小学校までお遊戯会や学芸会を経験しているから、演劇という言葉を聞くと大半の子がそっちを想像しちゃうんじゃないかなと思ったんです。それで、「うわ〜、セリフ覚えて、正面向いて、滑舌よく、はっきり言って、こっち動いて、あっち動いて…」ってなるのがイヤだなあと思って、“したい”という探究の学びの原点、今回でいうと“表現したい”というところからすくい上げたかった。

それで、あえて「演劇します」とは言わないで、「いくつか実験したいことがある」と子どもたちに投げかけて、「協力してくれる?」「いいよ」って。だから、今でも子どもたちは演劇しているというつもりはないかもしれないですね。

ー 実験したいんだよねって言った時、なんの実験をしたいと子どもたちに投げかけたんでしょう?

「人間って、リズムや音を見たり聞いたりできるんだけど、みんながどれだけそれを感じることができるのかを実験させてもらえる?」って。3人くらいには「別にいいけど」「これが実験?」と、少し冷めた感じで言われましたけど(笑)。

ー ペアで発射台をつくって、ロケットを発射させる。発射されたらまたペアを自分で探して、必ず目を見て「誰々〜!」って声をかける、というようなことをやられていましたよね。

演劇って、英語で言うと“PLAY”。つまり“遊び”なんですよね。だから、遊びを凝縮したようなプログラムを段階的にやっていくのが、演劇の根本のひとつだと思っています。その中で、遊び心をどうやって育むか。子どもたちの中で「楽しい」という気持ちがでた瞬間に、「僕の、私のやりかたで表現します」となっていくんだと考えています。

あと、演劇の語源は、英語の“DRAMA”に由来します。DRAMAはギリシャ語の語源で”行動する”ということなので、嬉しい、悲しい、苦しいという「状態の表現」で終わらせてしまわずに、その先に進むことが大切。

ー 状態の表現で終わらせない。

普段、僕たちは意識してないですけど人間の行動の原理は、「喉が渇いたから、お茶を飲みたい」というように、そこには必ず目的があって行動に移すんですよね。だから、感情(状態)をつくるんじゃなくて、〜したいという「行動の目的、動機」を探ることも演劇の根本なんです。

たとえば、さっきのお茶の話でいうと、「喉が渇いた(大目的)→お茶を飲みたい(目的)→やかんに火をつける(行動)→火がつかない(事件)→火をつけたい(目的)→焚き火で火をつける(行動)」というように、その人のストーリーを分解して紐解いていく。人間は必ず、自分の行動欲求と事件の連鎖によって表現が生まれるので。

安心から始まる、自己表現

ー 「したい→考える→やってみる→ふりかえる」というサイクルで子どもたちは探究を進めていて、まんぼさんの考える演劇の根本とすごく近いなと思いました。

その上で子どもたちの様子を見ていた時に、たとえばジュンノスケは「したい」まではいかなくて、「だんだんしたくなっている」感じ。そのだんだんしたくなってきている芽を、どうやって育てていくのかなあと。一番最初のワークショップの時に、少し冷めた目で見ている子どもたちがいた、とおっしゃっていましたけど、それがだんだん変わっていったところも含めて、まんぼさんがどう考えていらっしゃるのか、どう取り組まれているのかということをお聞きしたいです。

「間違えたくない。正しいことをしたい」という観念が強い子っていますよね。そうすると、自分だけが浮いたことだけをしたくないとか、自分はこう思ったけどそれをすることで何か言われたらイヤだという思いが強いから、純粋にそれを楽しいと思ってするまでに時間がかかったりする。

じゃあ、そこから一歩を踏み出すのに何が必要かというと、「ここでは受け入れてもらえるんだ」という安心感だと思うんです。

だから僕は、子どもたちが内面を解放できるようなワークを積み重ねていきます。その中で、その子自身が「ここはいろんなことを試して、自己表現しても大丈夫だ」と思えると、じゃあこうしてみたい、ああしてみたいと、次のステップへ進んでいくんだと感じますね。

ー 今日、喉がイガイガするというワークをしていた時に、周りの子がバタバタと倒れていってもハヤトは最後まで立っていたじゃないですか。みんながやめたらやめなくちゃいけないじゃなくて、ハヤトがしたいだけやってやめる、それが許される安心感があったんだろうなあ。

そうですね、僕はここまでやりきるって。5人いたらそれだけ表現の仕方があって、コンフォートゾーンであれば、それをやり続けられるんだと思います。

ただ、人前で何かやるというのは、そもそもどんな状況でも勇気がないとできないことではあるんですよね。だから色んな側面から自分にストッパーをかけちゃっていたりする。

ー そのかかっているストッパーを外すために、安心感、コンフォートゾーンをまずつくる。でも、そのストッパーを外した先に、また自己表現をするというストレッチゾーンが待っている。その時、まんぼさんはどうされていますか?引っ張ってはいないなあと思ったんですけど。

いろんな参加の仕方があっていいと思っています。でもそこで「やりたくないならいいよ」と無視しちゃうと乗ってこない。だから、僕は必ず声かけはするんです。「僕は、やってほしい」ってそれだけはきちんと伝えておく。そうすると、自分のできそうなことから関わっていくようになっていくんですよね。

あとは、やってみようよという空気感。それも子どもたちがつくっていると言えばつくっているんですけど、やってみようという空気ができてくると、私もやってみたい、僕もやってみようとだんだん手があがっていく。あれがでてくると、よしよしよし、と思いますね。

ー そっか、他の人に引っ張られていくというのもあるんですね。

もうひとつ、即興というワーク自体が、子どもたちを一歩前に進めているかもしれないですね。自分たちで想像力を働かせていかないと解決しないワークばかりなので、思考力や想像力をフル回転してやっている。子どもたちを見ていると、人間ってやっぱり、パッと見て分かるものじゃなくて、これなんだろうと考えながら探っていくことに、だんだん面白さや楽しさを感じていくんだと思いますね。それが、じゃあ僕もやってみようかなと、そう思わせるひとつになっている気はします。

子どもの探究。大人の学び。

即興って、英語で“IMPROVISATION”。インはインポッシブルなどの否定の意、プロが時制でいう先・未来、ビゼーションが見るという語源なので、要約すると”先が見えない”という意味になります。

そうすると、子どもたちが今やっていることって、ストーリーの先を見えるようにしていくというのもそうなんですけど、同じチームの人と互いの目には見えない気持ちや意見を見えるようにしていくということでもあるんです。

今日もひとつのグループが意見対立して分裂してましたよね。「私はこうしたい」「僕はこうしたい」がぶつかるわけですよ。ストーリーがうまくできる・できないじゃなくて、まずそのチームでどうやってテーマを共有して、つくりあげていくか。その中で、主体性や協調性、そういう先が見えないものを見えるようにしていく力が育まれているなと思いますね。

ー 演劇に正解・不正解はないと思うんですけど、これからのアウトプットデイまでの1ヶ月に成功・不成功みたいなものはあるんですかね?

どうですかねー。そこが探究のむずかしいところだと思うんですけど、7月1日のアウトプットデイがどうなっているかなあとは思います。

でも、ひとつ僕が思うのは、失敗して気づいて、次はこうしてみようかなという気づきや学びを得たら、それは大きな収穫になるんじゃないですかね。目に見える成果を出す、作品をつくるということもひとつですけど、結果的に演劇的なワークって他の探究に必ずつながっていくものなので、失敗という言い方がいいのか分からないですけど、うまくいかないという経験ができると、逆にいいのかなと。

ー その分、次こうしてみよう、◯◯したいが生まれてくるということなんですね。

演劇ってある意味、疑似体験なので。自分じゃない人を通して、気づく。そして、表現していく。

もう二度とやりたくないなとなっちゃったら、それは探究として別の方向を向いてしまったということだと思うので、やっぱり「1回はこうだったけど、次はこうしてみたい」という思いが子どもたちの中からでてくるといいなと思いますね。

ー 先ほど、子どもの「したい」という芽をどう育てるかという話をしましたけど、できないでしょとこっちから色々手渡し過ぎたり、がんじがらめになってしまうものが増えれば増えるほど、終わった時に「次◯◯したい」が育っていなかったりするのかもしれないなあ。

れいかさんが「子どもと向き合うんじゃないくて、子どもと同じ方向をむきたい」って言っていたんですけど、本当そうだなと思います。それって、子どものレベルに下げるということではなくて、子どもたちは子どもたちなりに真剣に、ある一定の方向をむいて試行錯誤をしているはずだから、そこを一緒に見たいという姿勢でいるということなんだと思うんです。

演出家も同じだなと思っていて、苫野さんのいう「自由と自由の相互承認」や、むーちゃんやれいかさんの姿勢である「共同探究者である」という姿勢。探究支援なんだよなあって。

あと、うまっちが説明会の時に、「自分が勤めていた中学で、いろいろとアイデアを出して、社会がどんどん面白い授業になってきたと。でも子どもに『うまっちの授業じゃないと、社会好きじゃないや』と言われて、それは違うんじゃないかと思った」って話してましたよね。僕じゃなくても、社会が好きだという風になってほしいって。

その思いもすごく共感するんですよ。僕も「まんぼがいなくても表現するの楽しいよ」と思ってほしい。大人の役割を、そういう風に思ってもらえるような後押しにしていかないと、本当の意味での「◯◯したい」は育っていかないのかなって思います。そこが本当、大人の学びのところですよね。

風越のリズム

ー 通常登校が始まって3週目に入りましたけど、最初の1週間って、3・4時間目の『セルフデザインの時間』にどうしていけばいいのか分からないという姿が結構あったんです。子ども自身が本人の「したい」をいまいちも掴めていないという感じで。でも、だんだんとここ2週間くらいで「自分はこういう風に過ごしたいんだ」ということが、はっきりしている子どもたちが多くなってきた気がするんですよね。

そうすると、ばたついていないというか。校舎内を走っている子はいるんですよ。走っている子はいるんだけど、空気としてスッと、良い、落ち着いた空気になるんですよね。そっか、「したい」という気持ちで満たされると、その「したい」がある程度実現できている子どもたちが多くなると、エネルギーはあるけどしっとりした場になるんだなあって。

面白いですね。今日、内的なリズムを共有するというワークをやったんですけど、そのリズムが良い意味でおだやかだった。

これ僕らも含めてですけど、「早く◯◯しなさい」って言われ慣れてるじゃないですか。早く起きなさい、早くごはんを食べなさい、早く準備しなさい、早く学校に行きなさい、早くお風呂に入りなさい、早く寝なさい、そしてまた朝になると、早く起きなさいって。そうすることで、言われれたことを早く行うというのが知らず知らずのうちに自分に染み付いていく。だから、いざ「あなたはどうしたいの?」と言われると、どうしたいんだろう…って。もしかしたら、そういうことを考える時間すら守られていなかったのかもしれないですよね。

だから、なにしてもいいと言われた時に、子どもたちはきっとすごく葛藤したんじゃないかなと思います。でも、こんなことやっている人がいる、これやってもいいんだ、じゃあ自分もこれしてみようかなって、いろいろ試行錯誤しながら自分と向き合っていたのかもしれないですね、この2週間で。

そうそう。前に「風越学園」というテーマでリズムのワークをやったことがあるんですけど、ああ、こういうリズムになるんだって。

ー どんなリズムだったんですか?

とん、とん、とんって。いくよーーって感じで、このリズムもあまり早くなかったんですよね。毎日いろいろと試行錯誤しているから、早いリズムがくるかなと思ったんですけど、意外に違ったんです。そっか、子どもたちの中の「風越学園」ってこんな感じなんだなあと。

ー だんだん、って感じなのかなあ。

しんさんが以前、「始まりましたーってお祭りみたいな感じではなく、静かに始めたい」とおっしゃってたじゃないですか。まさに子どもたちは今、そういうリズムで模索をしながら進んでるのかなと思いました。

(インタビュー 2020年06月12日、6月15日)

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投稿者本城 慎之介

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