「最近、どう?」 2020年5月30日

「自分でつくりだすことができると、幸福の感度ってあがるんじゃないかな」渡辺正寿

本城 慎之介
投稿者 | 本城 慎之介

2020年5月30日

「いろいろな穴を覗いてきて、これじゃないな、あっちかなと迷ってきた時期が長かったけど、やっとこれだっていうものが見つかったんですよ。」と、正寿さんが数年前にぼそっと、でも笑顔で話してくれた時のことをよく覚えている。

その見つけたものが<セルフビルドパートナー>。職業、仕事、というよりも、僕は在り方だと思っている。そして、それは子どもと共にいる大人の在り方ににもとても近い。

分散登校中、子どもたちのいる校舎の一角で、遠くに子どもたちの声を感じながら正寿さんの話を聞いた。

価値観や考え方の変化による、期待と不安

ー〔本城〕ウタロウ(渡辺さんの子ども。現在、風越学園の7年生)のインタビューって読みました?

〔渡辺〕読みました。こんなに喋れるんだってびっくりしました。

ー  あのインタビューも「最近どう?」という問いから始まっているんですけど、正寿さんの最近はどうですか?

僕は、ちょっとざわざわしてますね。


ー ざわざわ。

コロナによって多くのことが変わったし、これからも変わっていくと思うので、そこに対する不安と期待が交互にくる感じがあって。

ー それはどんな不安とどんな期待なんでしょう?

やっぱり一番は、仕事のことですかね。

僕は、DIY(Do It Yourself)の本質は「自己満足」であるという気づきから「セルフビルドパートナー」という職業をつくり、仕事をしているんですけど、このコロナで何かしらみんなの価値観や考え方が変わってきて、消費も減少している。そのなかで、今のままではダメだなという不安と、新しいことを仕掛けていこうと動き出しているので楽しみだなという期待と、両方がある感じです。

ー 開校してちょうど1ヶ月経ったゴールデンウィークの頃に、何人かのスタッフと「これからどうしていく?」「なにを目指していく?」という話をしたんです。その時に、「僕たちは一斉授業をしないけど、それってオーダーメイドでカリキュラムをつくっていくということなのかな」という話題になったんですよ。僕、「なるほどなあ」と思いながらその話を聞いていたんですけど、少ししてから「でもオーダーメイドは違うんじゃないかな」と思ったんです。

オーダーメイドって『オーダーする人』と『つくる人』がいて、完全に関係がわかれている。でも、僕たちがやろうとしていることはそれじゃないよなぁって。それでその時に、僕たちが目指しているものは、正寿さんがやっている「セルフビルドパートナー」に近いかもしれないと思って、改めてお話したいなと今日お誘いしました。

嬉しいです。実は、僕も風越がやろうとしていることと、僕がやろうとしていることって近いなあって勝手に感じていたんです。

普通家づくりや場づくりでは、施主さんの要望に合わせてプロである僕たち(建築士や大工)が手を動かしつくっていきますが、セルフビルドパートナーは「施主さんが自分で手を動かしつくることをプロとしてサポートし、一緒に家づくりをしていく」というものなんです。

セルフビルドパートナーの役割

ー そもそも正寿さんが「セルフビルドパートナー」として働こうと思われたのは、なぜですか?

よく「家は3回建てないと満足しない」などと言われることがあるんですけど、なぜそんなことが起きてしまうかというと、プロは施主さんの「こうしたい」という思いを聞き取って形にしていきますが、100%その通りにはならないんです。いくらコミュニケーションをとっても伝達をする中でズレみたいなものが生まれるので。つくり手がその人ではないと、いくら技術がある大工さんやデザイナーがデザインしても、やっぱり違いはでてしまう。それで、どこか満足できない気持ちが残るんですよね。

でも、DIYやセルフビルド(住宅を自分自身で建てること)だとすごく満足感が高いんです。不恰好でうまくいかない部分があったとしても、「あそこが大変だった」「でもここ、すごくこだわったんだよね」と納得して、(自己)満足することができる。だったら、その『自分でつくる』をサポートすることがしたいなぁと思いました。

ー どんなことをサポートしてほしいのかは、施主側が決めるんですか?

床や壁だけ自分で貼れればいいという方もいれば、一から自分でやってみたいという方もいるので、話し合いで決めていきます。

ー 一から自分でやってみたいけど、セルフビルドパートナーには一緒にいてほしいという人もいるんですね。

そうですね。でも施主さんは正解を求めている感じではなくて、自分のなかに「こうしたいと」いう思いがあっても、まず何から始めればいいか分からなかったり、うまく進められているのか不安があったりするので、これでいいのか確認してほしいとか、どうしても分からないというところを助けてほしいという思いで、依頼してくださっています。

だから僕のほうでも「こうしてください」ということを伝えるのではなく、「僕だったらこうしますよ」とか、「一般的にはこうすることが多いです」ということをお伝えしたり、ご本人に「◯◯さんはどうしたいですか?」とお聞きしたりしながら進めるようにしています。

ー 「こうしてください」とは伝えない。他にもセルフビルドパートナーとして気をつけていることってありますか?

伝えなくちゃいけないことは、安全面のことと道具の正しい使い方だけだと思っているので、情報や知識をこちらから与えすぎないということですかね。

施主さんの「したい」という気持ちがとにかく大切だし、大切にしたいと思っているので、アドバイスは積極的にはしないです。僕の意見って施主さんにとっては影響力が大きいし、その通りになっちゃうと意味がないなと思うので。だから基本的に「いいですね」「面白いですね」しか言わない(笑)。

あとは、施主さんと一緒に作業するとき、あまり施主さんの様子は見ないんです。僕自身が見られるのが苦手なのもあるんですけど、背中を向けて作業していることが多いですね。「あ、危ない」とか「道具の使い方、まちがってるな」ということは、背中を向けてても作業している音で意外とわかるので。

うまくいったから満足するわけではない

DIY、自分自身でつくるを実現するもう一つのやり方として「キットを売る」というやり方もあるなと思うんですけど。

キットは昔少しやったりしたこともあるんですけど、今はもうやりたくないなぁ。

ー キットはやりたくない。なんで?

やっぱりこっちでお膳立てがされちゃうから、プラモデルのようなものになってしまうし、キットってできない理由をキットのせいにしちゃうんですよね。

ー ああーーー。

僕自身、そうなんです。ホームセンターで「誰でもできます」みたいなキットを買ってつくった時に、ちょっとずれちゃうとかうまく嵌まらないみたいなことがあると、「なんだよ、この精度の悪いキット」ってイライラしちゃう。

ー それはさっき言ってた「うまくいかなかったところも味わう」とは全然違う。

僕、どちらかというと「失敗」のほうに自己満足の割合って大きい気がしていて、うまくいったから満足するとは思わないんですよね。やってみたけどうまくいかなかったとか、ここがずれちゃったというときに、それをどうしようかと頭を使うことや、やっぱりうまくいかなかったけど面白かったなというところに、満足ってある。

だから人のせいにしちゃう時点で、自分でつくるのとは違うと思いますね。これが悪いというわけではないですけど、キットを組み立てただけだと、出来上がったやつ買えばよかったなとも思う気もします。

ー 次つくりたいとは思わないかもね。

説明書もあまり面白くないと思うんですよ。例えば、今僕たちが座っているこの段をつくるとして、説明書に「溝をつくる」と書いてあるのをその通りにつくって面白いかなと。僕は自分で溝をつくるのか、こっちからビス打ってとめるのか、はたまた可動するようにレールをつくって乗っけるようにするのか、そうやって考えることも含めてつくったほうが面白いなと思うんです。

ー なるほどなあ。

でも、「こうしたい」「こうやってみよう」というものがあったとしても、最終的な形が見えてないときもあるんですよね。だから施主さんのやりたいことを聞いているときに、頭のなかで「こんな風になりそうかな」というのは描くようにしています。「こんなイメージですか?」というのを見せられるようにというか、その人が言葉にしているものを、写真や絵で一度返してあげられるようにしておくんです。

ー よりイメージできるように

そうそうそう。

ー そうすることで本人も、本当に自分がしたいことなのかどうなのか、そこまでどのくらい距離があるのか、結構見えてきそうですね。

Do It Yourself は「生きる力」

最近改めて、セルフビルドパートナーの仕事の根本にある「自己満足を味わってほしい」という想いをなんで大切にしたいのか考えたんですけど、DIYの本質は「自己満足」だから、自分で満ち足りている状態=幸せな状態を自分でつくることができるかもしれないと気づいたんです。

幸せって主観だと思うんですよね。自分が「幸せだ」と思っていたら幸せ。だから、DIYで自己満足を経験することが、幸せの感度をあげていくことになるんじゃないかと。

DIYって家づくりだけじゃないと思うんですよ。野菜をつくることもそうだし、絵を描くことも、文章を書くことも全部DIY。Do It Yourself、自分でやる。それってつまり「生きる力」のことだと思うから、なんでもいいので自分でつくりだすことができると、幸福の感度ってあがるんじゃないかなと思ったんです。

ー 何かあっても「自分でつくってみよう」と思えると、その感度はあがりますよね。買わなくちゃいけないと思うと、「今買えない」「そんなに高額のもの無理」ってなってしまう。最初はつくれるものが少なくても、自分でつくっていく経験が少しずつ積み重なっていくと、「こんなのもつくれるんじゃないか」と思えるようにもなるんだろうな。

そうなんです。だから、DIY力、自分でつくれる力を僕は提供しているのかなと思います。

ー 着実に、それを求めるというか、そうすることが幸せだと思う人が増えてきている感じしますよね。

それは感じますね。僕に声かけてくれる方はみんなそんな感じです。

ー それがどんどん低年齢化するというか、「どうやら時間割って自分でつくったほうが面白くて、幸せっぽい。俺がしたいこと邪魔しないでくれ、大人!」っていう風になっていくんじゃないかなあ。

そうなると最高ですね。そのときに、その人がやりたいことを邪魔しちゃいけないんだろうなぁ。

ー でも、隣にいる…そっか、だから正寿さん「見守る」って言っているけど、それって適切な言葉じゃないんだなと思いました。見てないんだ、じっくりは見ていなくて、“見守る”というより“居届ける”という感じなのかも。


自分の人生をセルフビルドする

僕、今は新築はやらないと決めているんです。その人も仕事や生活があるから、家をつくることばかりはやっていられない。つくるのに5年も10年もかかる、となるのは現実的じゃないなと。

ー その人本人ができる規模感みたいなものもあるんだなあ。

今思ったんだけど、学校もそうなのかもしれないな。例えば子どもたちが、国語・数学・理科・社会・英語、美術・音楽、保健・体育も全部自分で授業をセルフビルドするって、新築で家を建てるようなものですよね。そうじゃなくて、その中でも「俺、国語だけはセルフビルドするわ」とか、「英語は自分でやってみたい」とか、そうやってまずは自分で決めたものをセルフビルドパートナーと一緒にやっていって、その経験から苦手だった数学とか社会のほうにもだんだんセルフビルドな感覚を発揮していくような感じなのかなと。


それいいかもしれないですね。僕も、施主さんの奥さんが壁塗り専門、僕は板張り専門みたいなことがあって、その工事では壁塗りは完全にノータッチでした。でもそれでいいんだなって。

施主さんにも、やりたいところはやって、他のところは専門家をいれるというか、職人さんをいれましょうと提案をしています。そうしないといつまで経ってもできないので。それに、全部自分でつくらないと満足しないというわけでもないんですよね。ここやりたいと思ったところができれば満足するってあるんじゃないかなと思います。

ー これからの学校とか、大人や教師のあり方って、自分の人生をセルフビルドする人を支える、パートナーとしてあるべきだと、風越をやり始めて改めて思います。キット販売をすることではないし、その人の人生を全部つくったり、基礎をつくることでもないんだよなあって。

セルフビルドの自分で新築をつくるみたいなイメージにしっくりときていなかった部分もあったんですけど、今しんさんが「人生をセルフビルドする」と言っていて、セルフビルドって自分をつくることでもあるんだなと思いました。自分でつくるし、自分をつくる。そう思うと、セルフビルドも悪くないな。

ー 悪くない、悪くない。僕好きです。

ー 僕、薪割りを自分でする時に、もちろん薪を自分でつくっているんだけど、薪割りする時間を自分でつくっているという感じもあるんですよね。椅子をつくっている時は、椅子をつくる時間を自分でつくってるという感じがある。その積み重ねが、自分の人生をつくっていく、自分をつくっていくということなのかもしれないなあ。

そう思うと、自分で授業をつくるって改めていいですよね。

ー 一部か全部かは分からないけれど、「つくりたい」と思っている子どもたちが風越にきてるなぁと思います。その一方で、戸惑う姿もあるなと感じていたんだけど、その戸惑いは「新築つくろう」って言われてる感じとか、まだ何つくりたいか分かっていないのに「つくっていいよ」と言われてるところにあるのかもしれない。

そう思うと、セルフビルドパートナーとしての大人の関わり方って、本当大事になってくる。「今、この子はどの状況なんだろう」と見ていくことが必要なんだろうなあ。あ、そういえば正寿さん、子どもの声がする校舎に入るのは初めてでしたっけ?

そうですそうです。僕、学校って怒られるのが怖いという記憶しかないので、そんな心配なく、好きなことに没頭しているのいいなあと思います。すごく羨ましい。

ー 本当シンプルに、幸せな子ども時代を過ごしてほしくて。その邪魔を大人がしないようにしていきたいなあ。

(インタビュー 2020年5月19日)

本城 慎之介

投稿者本城 慎之介

投稿者本城 慎之介

みんなが同じ方向を見て、同じものを手にして、同じことを学ぶ時代は終わりました。どんな世界を見るのか、どんなものを手にして、どんなことを学ぶのか。それを一人ひとりが決める学校を創ります。そのような学びが展開される学校では、大人の在り方は大きく変わります。大人が学び続ける組織を創り、新しい学校の姿を提示していきます。

詳しいプロフィールをみる