2024年4月23日
昨年度末にものづくりに関する学び、ものづくりを通した学びを支える学習環境について考えるため、実践ラボ「プロジェクト学習を支えるものづくり学習環境とは?」を実施した。技術科教育を中心にものづくりを通した学びに関心のある方に参加してもらい、マイプロジェクトの時間(以下、マイプロ)の見学と学習環境や技術科教育の在り方について対話する時間をもった。
今回の実践ラボを開催するきっかけの1つとして、技術科教員の川俣 純先生(実践ラボにも参加いただいた)から、技術室の学習環境について考えるきっかけをもらったことがある。そんな川俣先生と実践ラボの後日オンライン対談する時間を設け、学習者中心のカリキュラムや技術科の学びの今後について話をした。
川俣 純先生:
中学校技術科教師。Facebookグループ「技術教室グループ」発起人・世話人。
MakerFaire2014に参加して、あまりの衝撃に打ちのめされて10年。自身もMakerとして参加するようになった。最近は全国の技術室をオンラインで繋ぐ技術室カフェを始めた。
二人のやりとりの前に、技術科とは・・?という方に向けて、いくつか用語の紹介をしておきたい。
・技術…テクノロジーのことであり、実用的・工業的な科学的研究によって生み出された成果物であり、その体系。技能(スキル)、技巧・技量(テクニック)とは異なるものとして考えている
・技術科…テクノロジーを活用しながら知識や技能を学びつつ、テクノロジーそのものの生活や社会への影響を考えていく。そして、活用する中でエンジニアリングやデザインなどの課題解決に関わる思考プロセスについても学ぶ教科
・エンジニアリング…人間の願いを実現するための最適な成果物を創造する科学的な問題解決とその問題解決の実現に関わる知識体系
・デザインプロセス…人間の欲求やニーズの満足のために、規準や条件を明確にしながら、選択可能な解決策を複数考案し、その中から最終的なアイデアを選択するための体系的な問題解決方略を適用する過程
・イノベーション…工学、農学等の技術に関わる科学の進展、及びその成果として生み出された成果物によって、社会、環境、経済等に関わる新しい価値を創出、改善、革新すること
・ガバナンス…技術のもたらす便益とリスクやダメージを多角的に評価・判断し、民主的な方法によって技術発達の方向性を公正・誠実に舵取りすること
山﨑:実践ラボでは、マイプロジェクトをする子どもたちの様子も見てもらいましたが、実際にマイプロを見てどうでしたか?
川俣:風越学園が、学びの主体というところから学習者の経験を全部考えていこうとしていることがわかりました。いわゆる中学校の技術科教師は「技術科」って枠があってから考えているから、一斉に指導するのが当たり前だし、その生徒のやる気をどう引き出すのかみたいな話をする。だから、そもそも考えのスタートが違うんだなと感じたよ。
山﨑:実際に枠組みとしての「教科」はゆるく、スタッフ間のやり取りも「子ども」から始まることが多いですね。
川俣:スタッフは、子どもの学びを捕まえていく部分にアプローチとして魅力を感じていることも多そうだね。でもある意味、そのアプローチだからこそ大変そうな部分も多いことは想像できたよ。
マイプロがどんな時間なのかということは、実際に見てみないとわからないというのも強烈に分かって、いわゆる「教師の関わり」とは全く違うところがある。特に教師が指示を出す声は何一つなかった。風越のマイプロの時間では当たり前なのかもしれないけど、面食らっちゃうよね。
山﨑:活動が始まった後は指示は特に少ないと思います。川俣先生が見学後に実践ラボの感想をFacebookに投稿して、フォロワーからのコメントに対して「何か探究している人がいただけでした」と返信していたことが僕には強烈でした。とてもありがたいコメントであると同時に背筋が伸びる思いというか、まだまだそのためにできることはあるだろうと思いました。
川俣:幼稚園からそういう風土で積み上げていって、中学卒業まで続くわけでしょ。それが「風越的」な学びのスタイルをつくる強みだよね。基本の考え方を最初から変えれば、学習者中心であることや、それぞれに探究している状態が可能だって教えてもらったような気がするんですよ。
多くの先生はそんな教室の状態を知らないし、できると思っていない。そもそも子ども自身が自分で考える力なんてないって言っている人だっている。こういった自治や民主的な在り方は与えられるものだと勘違いしているように思ったよ。
山﨑:たしかに、12年間の長さは風越の強みの1つだと思っています。中学校3年間でというのはやっぱり難しいですか。
川俣:当然、小学校から積み上げているはずなんだけどね。でも何を積み上げているのかを考えたほうがいい。仮に指示されたことをいかにうまくやるのかということを積み上げているのだとしたら、突然「自由にやりなさい」と言われてできるわけがないじゃないですか。
風越がカリキュラムの構造として考えられていると思ったのは、「土台の学び」「テーマプロジェクト」「マイプロジェクト」があることかな。子どもが決めるところと、大人が決めるところのそれぞれがあって、バリエーションやグラデーションがあるところです。そういった在り方は他の学校の先生のヒントになるのではないかと思いました。
山﨑:今回の見学はマイプロだったので、教科の色はあまり濃くなかったと思いますが、技術科の文脈では何か気になったことがありましたか。
川俣:結果的に自分から学びを積み上げていくという点において素晴らしいと思ったけど、それだけでは足りない気がしています。学びを繋げていくということがもっとあってもいいんじゃないかな。
技術科の学びとしては、最終的に生活や社会に繋がっていくことが大切なわけだけど、1人1人のやりたいことが、世の中の課題を解決するような方向には向かっていくとは限らないじゃないですか。
山﨑:風越の技術家庭室や工房で学んでいる人たちは領域的に技術科に近いところにいるわけですが、子どもたちのモチベーションは「世の中」というような社会的なニーズにないことがほとんどですね。自分のためだったり、自分の周りのためだったり。コミュニティのニーズという意味では少し社会的な課題解決に近いこともありますが、必ず社会的なニーズに繋げていくようなことはあまり考えてはいないですね。
川俣:地域のことでもいいし、実際の世の中と繋がっていくようなことは必要だと思うんですよね。技術科の学びとして、やはりそこが重要だと思います。
12年間の繋がりのある風越だからこそ、中学校くらいには学園内での繋がりはできているだろうから、何か実社会と繋がるようなプロジェクトがもっと出てきてもいいんじゃないかなと。
山﨑:そうですね。そういう事例はいくつかありますね。例えば「わんにゃんレスキュー」(保護犬・保護猫に関する団体をサポートするプロジェクト。今は卒業生含むメンバーで地域の団体への寄付を募る活動をしている)や「シャケナベイベー」(9年生シンノスケが始めたみんなに鮭など魚について知ってもらうために水槽での展示などを行っているプロジェクト。県の水産試験場とやり取りしながら進めている)などは子どもたちから立ち上がったマイプロジェクトでもあります。
ただ、何か世の中と繋がるということを方法として固定してしまうことには違和感がありますね。繋がることが目的化していくと学びは何か歪な感じになりそうだと思うんです。
それによって学べることはあるのだけど、特にマイプロはそれを目的化はできないですね。動機や目的、方法を子ども自身がしっかりに握ることに意味があると考えています。
川俣:それはそれで大切にしながら、別のルートもあるような気がするんです。参加するのは自由なんだけど、大人が「一緒にやらないか?」と呼びかけてのってきた生徒とやるみたいな。それによって誘うことができるはず。
風越で積み上げている学習者中心の在り方をベースにそれが加わることで、何かいろんなことができるんじゃないかなって、今回のマイプロを見学して思っちゃった。
個人で積み上げていっただけでは立ち上がらないようなプロジェクトが、ある程度整理されて、「やってみたいかも」と思えるような形になっているのをぜひ期待したいかな。
川俣:もう1つ気になったのは、学びの成果が見えないこと。これは1日だけ見学に来たから感じたところなのかもしれないけど、結局、そのプロジェクトで何を学んだのかが整理されていると、次にプロジェクトを立ち上げるときの助けになるんじゃないかな。
山﨑:まさにマイプロジェクトの記録は課題感があります。2023年度は個人の記録を継続的にファイルでためて行って、2024年度はそれをノートで実践しようとしているところです。
技術家庭室などの場所で起こっていることについては、何か見える形で残していきたいのですが、まだコレというものが見つかっていないところですね。
川俣:風越のプロジェクトの本『プロジェクトの学びでわたしをつくる』にも色々載っているじゃないですか、こうした事例をもっと教室の壁とかに掲示されてもいいんじゃないかなって感じました。もちろんまだまだ試行錯誤な段階だけど、プロジェクトの足跡が豊かに見て取れる様子を期待したいところかな。
山﨑:写真や成果物が壁や棚にあることはもっとやってもいいかもしれませんね。できればプロセスがわかる形を目指したいです。これも「学習環境」の1つとして考えることができそうですね。
川俣:実践ラボの課題図書だった『ライフロング・キンダーガーテン』にある「広い壁」。別にリアルな広い壁でなくてもいいのだけど、学びの広がりが可視化されていることは重要だよね。
川俣:風越での技術科の学びというのは、教科横断的なプロジェクト学習の中で機能的なものにすることで、もっと技術科がカリキュラムの中で生きるって話だと思っているけど。
山﨑:僕もそう思いますし、実際に風越学園の技術・家庭科は教科単体としての授業時間は設けずに、テーマプロジェクトの時間の中で他教科と合わせて実施されています。
川俣:その「機能する」ってときに、それはいったいどんな機能が必要で、どういうことが具体的に実施されているのかという事例が求められているんじゃないかな。さっきも言ったけど、技術科の学びというと40人の生徒を、1つの部屋で教えるというイメージに縛られている。そこを一回取っ払って、自分がやりたいことをベースに考えると別にもっと多様な学びがあっていいんだということが、何か見える方法で提案されると同じ技術科の学びを考える人として嬉しいな。
今回見て分かったのは、自分で学びをつくっていくことを積み上げていくことが、十分に技術科の学びが機能する形で、教科横断的な学びを成立させられると思いましたよ。
一方でもっとスキル的には高度なものがあってもいいような気もして。レーザーカッターや3Dプリンタがもっと当たり前に使われていてもいいだろうし。そのほうがいろんな展開ができそうな気がする。
山﨑:悩ましいのですが、そういったツールやツールを使う前提の知識を扱う時間をプロジェクトの中でとることが難しいと感じています。自分の課題でもあるのですが、たくさんのプロジェクトが同時平行であるマイプロや、文脈に依存するテーマプロジェクトの中で細かくスキルに関するレッスンを行うことが難しい。
川俣:放課後の時間で部活的なものがあればできることもあるだろうね。技術室は他の時間でも使われるの?
山﨑:たとえば科学者の時間(理科)で、実験器具を作りたいという場面はありますね。
川俣:そういう在り方、技術科あるいは技術室の機能としてありそうだね。技術室を技術科の時間でしか使わないっていうのは、テクノロジーを学ぶ教科として本質的に何かおかしい。他の教科の文脈でも技術で学んだことが生かされて、さらに学んでいくって形のほうがより本質的な気がする。そういう在り方は技術の今後としてありそうなんだけど、そんな風に割り切れるのかどうかが気になる。
山﨑:教科横断的なテーマプロジェクトの中で、技術科の本質的な学びをどのようにつくれているのか、実践していく中で葛藤をもつことが多いです。プロジェクトの展開は大人が用意した方向に行くとも限らないわけで、悩ましいところでもあります。
そういえば、課題解決という学習プロセスは、いろんな教科で扱われるようになりましたよね。いろんな教科の文脈で、デザインプロセスやエンジニアリングという技術科の学びを入れていく余地が生まれたように思います。そういった学びは、どの学校でもできるように思うのですが、やっぱり教員同士の連携が要になりそうだと考えています。
川俣:時間割が合わない、教室が離れているということはもったいないよね。それぞれの部屋がいつでも使える風越のラボの状態はぜひ続けて欲しいね。
山﨑:他の教科との横断や連携を前提とすると、技術科教員には「義務教育で技術科がある意味」について考えることが必須になりますよね。デザインやエンジニアリングのプロセス、イノベーションやガバナンスといった態度については他の教科の内容と一緒に学ぶことができそうです。
川俣:テクノロジーやイノベーションを学ぶ教科を謳うのであれば、「今までにないものをつくる」ことを軸に置かないと成立しないんじゃないかなと自分は思っています。つくるものはなんでもいいんだけど、自分でつくってみて、改良してみて、もっとちゃんと体感を通して、世界を豊かにしていかないとならない。そうしないと、それを生かして自分なりに考えることができる人は育たないし、それが世の中にどんな影響を与えるのかっていうことを思い浮かべることができない。
山﨑:社会的に何か優れてるものを作るだけじゃなくて、自分にとって新しかったりとか自分にとって喜びがある必要があるなと思います。以前のかぜのーとでも書きましたが、ほかでもない「私」がつくることは今の時代としても大切なことになっているように思います。
川俣:もちろん。それだからこそ、風越学園が幼稚園から続いていくこと、積み上げていくことの意味があると思います。そしてやっぱり最終的には、世界に繋がってほしいなって願います。
実践ラボをきっかけに起こった対談から、「12年間で積み上げていく学びとは」「学びの足跡を学習環境に生かす方法は?」「教科が機能することとは?」」といった問いが浮かんだ。しばらくは、この問いを近くにおいてプロジェクトの時間や学習環境について考えていきたいと思った。
関心が近い外部専門家からの視点はありがたい。実践を開くことで言葉も生まれることも実感できた。そしてそれ以上に、日々に埋もれていくこともあるけど、近くのスタッフ同士でも互いの実践をやりとりできると12年で積み上げるものについて焦点をあてられる気がした。