2021年4月28日
今年度、前期は東と西の2ホームに分かれることが決まってから、年少から小2の65人の子どもたちが共有できる暮らしの”何か”があるといいなと思った。
一日野外で遊ぶ幼児と、遊びと学びを行ったり来たりする小学生。共有できる”何か”って何だろう・・・とぼんやり考え続けた。
カリキュラムの軸として「暮らし」を置いたけれど、65人という大きな集団がいつも一緒に活動するのは難しい。年齢の近しい小グループで別々に活動していても、発達段階の違う子どもたちが、同じ世界を共有しながらワクワクできたら・・・と思った。
また、小学生の学びに関して腑に落ちないところがあった。ひらがな、カタカナ、漢字、算数、小学生になると当たり前に学び始めるけれど、それらは「正しさを学ぶ」に過ぎないような気がして。「もっと知りたい」「学びたい」の原動力になるもの、遊びから盛り上がってくる大きなエネルギーをたっぷり感じることから始めたいと考えた。
そんなことに思いを巡らせていた時、『ウエズレーの国』(作・ポール・フライシュマン)を思い出した。
風によって運ばれた、ある不思議な植物の種からはじまる物語。
不思議な種から育った植物の繊維で作る、軽くて柔らかな服。
自分で考えた新しい遊び。言葉や時間の単位、歴史。
終いには文字まで作り出し、「自分だけの文明」を作り出す壮大な自由研究。
舞台は自分の庭なのに、無人島やジャングルで生き延びたかのようなワクワク感。
正しさを学ぶと同時に、「自分の世界」や「自分なりの表現」を楽しみ、自分で発明しながら歩んでいく毎日であってほしいと心から思った。
新学期3日目。朝のつどいに、ホーム西の子どもたちが集まった。
「みんなに大切に届けたいお話があるんだ。」と切り出して、『ウエズレーの国』(作・ポール・フライシュマン)を読んだ。少し長いお話だけど、年少から小2までの子どもたちに向けて。
そして、重大発表を。
「ホーム西は、もうじき引っ越しします!でも、新しい場所には暮らしに必要な物が何もないの。みんながご飯食べる場所も、勉強する場所もまだないんだよ。」と切り出した。
すると、子どもたちが次々と、
「つくればいいんじゃない?」
「つくろうよ!」
「テーブルや椅子があったらいいね。」
「みんなが入れる小屋もほしい」
と、自分たちの手で何とかしようじゃないか!何だってできるよ!と意気込んで立ち上がったのです。
ゆっくり始まっていけばいいと考えていたけれど、その気になった子どもたちのエネルギーは止まること知らず。生活の場づくり、秘密基地作り、畑づくり、ほんの数日のうちに動き出し、今も続いています。
『ウエズレーの国』に刺激を受けて始まった畑づくり。砂利だらけの硬い土地を耕し始めたシモン、キズキ、レノン、ソラを見て、開墾を手伝う人が増えていった。お母さんに野菜の種をもらってきたリン、じゃがいもの種芋を持ってきたレノン。ホームの人たちに、何を植えたいかアンケートを取り始めたアイとワカコ。エンジンの掛かった人たちは、今すぐ植えるかの勢い。でも、当然、ホームの中で温度差があるわけで。遠巻きに見ている人も。
そこで、小学生15人ずつの小さなグループに分かれて、じっくり話し合った。
「畑、これからどうしていこうか?一人一人の思いを聞いてみたいな。」と投げかけた。すると、やりたくないと手を挙げたのが、キズキ、アオバ、スミレ。「どうしてやりたくないのか、少し聞かせてもらえる?」と聞いたところ、「だって、畑が大きくないじゃん。人が余るから」「ぼくもやりたいんだけど、人数多いから」「私は畑よりも遊びたい」とそれぞれの気持ちを教えてくれた。
それを聞いた人たちが、「水やり当番つくればいいんじゃない?そしたら、みんなに仕事が回るでしょ。」「畑をもっと大きくすればいいんじゃない?」「どうしても遊びたい時は遊んでもいいんじゃない?」「でもさー、畑で取れたもの食べたくないの?」と、それぞれの考えを。みんなの話を聞いて、キズキとアオバは、「それならやりたい!」と気持ちが動いた様子。「応援はするけど、私はやりたくないから」とスミレ。
たっぷり一人一人の声を聞いた。やりたくないにも理由がある。その思いに耳を傾けていると、その人なりの関わりで良いと思えたり。お互いに納得するところを探す。
・毎日畑の仕事がしたい人もいれば、遊びたい人もいる
・畑への関わり方は、人によって濃淡がある
・自分のできる範囲、できる方法で活動に参加する
と、意見がまとまり、ホームの活動として畑が始まった。
話し合いの翌々日、地域の畑を見に行ってみよう!と発地へ。すると、畑を耕すトラクターが見えた。「あそこで何かしてるー!」「ネギ植ってない?」と、近くまで行って見てみることに。畑を耕し終わったタイミングで、「突然お邪魔してすみません。畑のことをお聞きしてもよろしいでしょうか。」と、トラクターに乗った方に声をかけさせてもらった。
「今の時期は、どんな野菜を植えるといい?」
「ぼくたちの畑は石がいっぱいなんだけど、畑はどのくらい土を耕すといい?」
「どうして耕すの?」
「畑の土を触らせてもらえますか?」
「いい土がどんな土か分かるように、少し土を分けてもらえませんか?」
畑を耕していたカズヨシさんは、トラクターのエンジンを止め、子どもたちの質問やお願いに丁寧に答えてくださった。カズヨシさんが教えて下さったことを心に留めながら、自分たちの畑を思い浮かべみると、「もっと石を拾わないとな」「もっと深く耕さないとな」「まだ霜に当たるって言ってたな」と、これからやるべきことが少し見えてきた様子。
何の当てもなく出かけた畑探検が、カズヨシさんとの偶然の出会いから、ぐっと広がり、学校の外にも世界が開かれた。温かく迎えてくださる地域の方の存在に支えられていることを感じ、心が温かくなって帰ってきたのでした。
畑で出会ったカズヨシさんが、「20センチは耕した方がいいね」と教えてくれた時、「20センチってどのくらい?」と疑問が沸いてきた。「20センチだってー」と帰りながら口にしてみるものの、20センチがどのくらいなのか、イメージするものはバラバラ。
そこで、翌日の朝のつどいで、「20センチ探偵団」になってみることに。
まず、私から「20センチのものはどれでしょう?クイズ」を出した。ティッシュの箱、アルミホイルの箱、水筒、ハサミ、割り箸、バナナの中から、20センチの物を当てるクイズ。子どもたちの予想は見事にバラバラ。答えは割り箸。
「20センチ畑を耕すって大変だねー」と、割り箸を見て呟く子どもたち。
「でもさ、20センチってどうやって測るの?」と問いかけると、「定規で測ればいい!」と。ここで定規の登場。大きな1メモリが1センチメートルという長さであること。20センチは大きなメモリ20個分だということをミニレッスン。
最後に、「今から3分以内に20センチメートルの物を見つけてきてください」とお題を出し、それぞれが見つけた20センチの物を見比べて、20センチ探偵団は解散。
毎日たっぷり遊んでいる子どもたち。本物に出会い心動かされる体験を通して、暮らしの中に眠っている学びの種を芽吹かせ、花開かせながら、実は学んでいるのです。
生き物たちのドラマに魅せられて、軽井沢で森のガイドを15年。子どもたちと自然を見続けたくて軽井沢風越学園へ。学園の森の保全しながら、子どもたちと自然の不思議や面白さを見つけていきたい。幼少期は、近所で評判のお転婆娘。実は、冒険や探険に誰よりも心躍らせている。
詳しいプロフィールをみる