この地とつながる 2020年10月10日

信州の自然と生きる

水澤 宣二
投稿者 | 水澤 宣二

2020年10月10日

1970年(昭和45年)三波春夫の『世界の国からこんにちは』が日本中のテレビから流れ、大盛況だった大阪万博が開かれた年、僕は東京都板橋区で暮らす小学校4年生でした。

時は高度経済成長の末期、暮らしが目を見張る勢いで豊かになる一方、環境を配慮しない社会発展のツケは公害の深刻化に伴う人的被害という社会問題を招いていました。当時僕の住んでいた地域は見渡す限りの工場地帯で、暮らしていた古いアパートの2階からはニョキニョキと空に伸びる無数の煙突と立ち昇る色とりどりの煙がよく見えましたし、自動車の排気ガスはホコリまみれの空気と撹拌されて光化学スモッグを生みだし、よく晴れた日でも常に空は灰色に霞んで見えました。

荒川に流れ込む近所の新河岸川も、日々川に捨てられる様々なゴミが混ざり合って酷い悪臭を放ち、とうぜん魚などの生き物が生息できる環境ではありませんでした。

しかし、そんな劣悪な環境下であっても都営三田線の終点蓮根駅(当時)から先には高島平団地造成予定地として広大な土地に雑草が生い茂り、そこに行けばたくましく生きている様々な種類の虫たちと出会うことができましたから、そこで遊べた経験は今の自分自身に繋がる重要なポイントだったと思っています。

小学校5年生もあと一ヶ月と迫った寒い日、父の運転するダンプトラックに一日揺られて僕たち家族は父の実家のある長野県御代田町に引っ越してきました。

たしか到着したのは午後7時過ぎだったと思います。氷点下の無色透明で匂いもない空気がピリピリと肌を刺しました。裸足にズックを履いただけの指先もむき出しの耳もとても痛くて凍りそうでした。夜空を見上げると吐く息が真っ白な雲のように消えずに流れていくのが見えました。

ただ・・・

未体験の極寒さえ忘れるほどの星空は今まで見たどのプラネタリウムも遠く及ばないほど見事で、あえて言葉で表現するなら『気持ち悪い』ほどの満天の星空でしたから、昨日まではオリオン座ですらすべてを見ることができなかったのに、今はオリオン座が星に埋もれてどこにあるのかわからない現実を夢心地で見ていた気がします。

さて、現在は廃校となってしまった旧・御代田小学校は、左手に深さ20メートルほどの谷と右手に浅間山を望む畑に挟まれた細い農道を2キロくらい歩いたところにありました。

農道の谷側にはクヌギやコナラなど様々な雑木が続いていて、夏には今まで図鑑でしか見たことのなかったカブトムシやクワガタムシがたくさん捕れましたし、初めてヤマグワの実やアケビ、グミを食べたのもこの通学路でした。

学校帰り・・・それはそれは夢のようなワクワクする時間で、時々は通学路を外れて谷底の沢を歩き、蛇やサワガニ、イモリや水生昆虫などを捕まえながら帰っては家で図鑑とにらめっこ、そんな日々をおくっていました。真っ直ぐに帰ったことはなかったかもしれません。今はほとんど見ることのできなくなったタガメを捕まえたのもその谷でした。

当時、僕は御代田町の自然とすべての生き物は変わらずにずっとそこにあり続けるものだと思っていましたし、環境や町並みが変化するなんて考えたことがありませんでした。

年を重ねた現在・・・

町中の道路は整備され高速道路が通り新幹線も走り、それに伴い商業施設の進出と新たな土地開発も行われて生活は格段と便利になりました。小学生時代に遊んだ谷は埋め立てられ、公園になりました。畑の多くは住宅街になりました。タガメの沼も当時カブトムシを捕まえた森も無くなりました。

それでも郷土には多くの自然が守られ残されてきました。だから僕は、60歳を目前にしても未だに山奥で渓流釣りを楽しみますし、子どものように虫採りに汗を流します。

軽井沢風越学園に来てから半年が過ぎました。

何がキッカケだったのか・・・よく覚えていないのですが、いつの間にか『G(僕のあだ名です)は虫に詳しい』が子どもたちに伝わっていて、

「ねぇG、これは何て虫?」
「G見て!ナナフシを捕まえた!」
「G〜カブトムシが死んじゃった〜」
「G!ジムグリ(蛇)の子どもを捕まえたよ!」

などと、毎日多くの子どもたちから「G!」と声をかけてもらえることが嬉しくて楽しくてたまりません。

そのなかにはシンノスケ君のように『生物分類技能検定3・4級』を最年少で取得したツワモノもいて、僕が教えてもらうこともたくさんあります。より正確で詳しい知識を子どもたちと共有したくて、僕も来年『生物分類技能検定3・4級』を受験することにしました。・・・できれば2級、1級と進めればさらにいいなって思っています。

今年は理科のたまちゃんと一緒に『カブトムシ・クワガタムシを幼虫から成虫になるまで育ててみよう』を企画しました。

育つ過程の変化を見て、感じて、発見して、命を育てて、子どもたちの心に何か新しいものが生まれれば素敵だろうなぁ・・・そんな漠然としたものですが、ほんの小さなひとつでも心に残してもらえたらとても嬉しいなと思っています。

未来を担う子どもたちが郷土の自然で思いっきり遊び何かを生み出す、そんな可能性を信じ、この素晴らしい環境をずっと守り繋げていけたら・・・そんなことを思うこの頃です。

水澤 宣二

投稿者水澤 宣二

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見た目は爺でも心は子供。超逆コナンな私です。

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