この地とつながる 2020年11月20日

なんだか森が足りないなぁ。そうだ…。

本城 慎之介
投稿者 | 本城 慎之介

2020年11月20日

8月の下旬、森の案内人の三浦豊さんに風越の森をスタッフと一緒にゆっくりと案内してもらいました。その時間がとてもいい時間だったんです。

日常的に見ている景色、一本の木や草、一枚の葉が、それぞれの物語を持っている。その日からより色鮮やかに見えるようになりました。参加したスタッフも同じような思いを持ったようで、その翌週は、森に子どもたちを誘うスタッフがけっこう多かった。

「なんだか森が足りないなぁ。」という感覚は薄っすらとありました。それは僕自身の生活にも、風越学園にも。でも、どうしたらいいかなと。(ここの部分の背景、もう少し書きたいなと思うけど、ちょっとまた別の機会にします。)

森は「ようこそ!」という感じで、いつでもどんな人でも大歓迎してくれるようなところではありません。ツキノワグマだったり蜂だったり、付き合い方を間違うと危険な生き物もいます。うっそうとした森の中に足を踏み入れるのは、大人でも怖いですよね。だから、「森に行こうぜ!」と強く誘う感じはちょっと違う。どうするともう少し森との距離がいい感じになるだろう…。

そんな時に、カレンダーをじーっと見ていたんですね。9月はもう予定がいっぱい。10月、新年度に向けた募集選考がある。あれ、でも待てよ、工夫すると毎週金曜日を空けられるんじゃないか?ということに気が付き、8月28日にスタッフに向けてこんなメッセージを送りました(いや、送りつけたという方が正確かも…)

『僕は、10月から金曜日はいっさいミーティング入れないことにしたのでよろしくお願いします。(いま、入ってしまっているものは除く)
かってに森の日として、一日中森に入ります。』

保護者のみなさんも誘っちゃおう

最初は1人で森に入ろうと思っていたんです。森に入って、枯れている枝や倒れる危険性のある木を間伐する作業を1人でしていても、きっと少しずつ関わる人が増えるんじゃないかな。子どもたちや保護者の方も自然と手伝ってくれるだろう、と。

でも、9月の中旬に「いや、最初から保護者のみなさんも誘っちゃおう。その方がきっとおもしろくなるはず!」と、ふと思い立って、今の「森の日」のイメージが沸いてきました。

毎週金曜日、森を明るくする作業を保護者の皆さんと一緒にする。参加できる時間に参加して、都合のいい時間まで作業に関わる。作業だけじゃなくて、途中で休憩してコーヒー飲んだり、焚き火を囲んでお弁当を食べながら、おしゃべりする。子どもと遊んでもいい。

そうして少しずつ明るくなった森に、1人また1人と遊ぶ子どもたちが増えていく。送迎時に森で過ごす大人の姿も増えていく…。

そうして、迎えた10月9日、第1回目の森の日。typhoonの掲示板で告知したものの反応ゼロ。しかも当日は雨。晴れ間が出て来たら作業をしよう、でも、誰も来ないだろうなぁとションボリしていたら、「今日、やりますよね?」と声をかけてくれる人が!思わず、「え、やりますか?!」と答えちゃいましたが、うれしかったなー。結局、3家族5名の方と森を明るくする作業に取り組み、お昼の休憩は、オフィスでテーブルを囲みコーヒーを飲みながら身体をあたためました。

その翌週の金曜日から天気に恵まれ、たくさんの方が参加してくれるようになりました。森の日で初めてゆっくりお話しできる人もいます。保護者の方同士も「はじめまして」のこともけっこうあります。作業しながらだと、そういう関係でも、極度に緊張せずに少し関係を築いていけるのが、僕にとっても心地よい時間となっています。

びょうきの き も、げんきになるよね?

3回目の森の日が終わってからのこと。愛子さんに声をかけられました。それについての愛子さんとのインタビューを紹介します。

〔坂巻〕帰りの集いで、「今日、しんさんやいろんなお父さんお母さんが森でお仕事してくれてたね。なんのお仕事してたんだろうね」、「き、きってた」、「なんで木切ってたんだろうね」って話してたら、ケイくんが「もりに はいりやすくするため でしょ」って言ったんです。

だから、「そうそう。元気な木を残して、お隣さんの弱っている木は切って。そしたらおひさまがあたって、わあーって大きくなるじゃない」って話をしたんですけど、「え、びょうきの き も、げんきになるよね?」と言われちゃって。

ー〔本城〕なるほど。人間の世界に置き換えて、考えたわけだ。元気じゃない人も元気になると。

多様性さというか、いろいろあるのがいいと思うけど、でもその一方で、いろいろあると一人ひとり(一本いっぽん)が活きないこともあるんだよなあとか。でも、病気の木だから切っていいとかでもないよなって。

倒れてもきのこが生えてきてねとか、他の木のためになるとか、いろいろ思いついたんだけど、でもきっと今感じているのはそこじゃないんだろうなと思ったら、ちょっと言葉を失いましたね。「愛子さんもわからないから、ちょっと宿題にさせて」って。

ー でもそこは言葉を重ねずに、愛子さんも考えてくるねってしたんだね。

難しいなあと思いましたけど、ここから森にたくさん出会えるといいなと思います。

思い当たる節はありました。僕らは払った枝や間伐した木を、森から搬出して、軽トラに乗せて貯木場に運んでいたんです。もしかするとその光景は、「病気になった木を切って捨てている」と子どもたちの眼には映ったのかもしれない。たしかにそう見えてもおかしくはない行為です。

この愛子さんとのやりとり以降は、そうすることは止めました。その代わりに払った枝や間伐した木は、森の中に置いておくことにしました。昆虫などの住処になる。朽ちて森の栄養になる。運び出して、焚き火用の薪にもできる。材料として活用し、何かをつくり出すこともできる。そんな姿を子どもたちに見せていきたい。どこか遠くにある森ではなく、すぐ目の前にある森です。

僕はその森に子どもたちや大人たちと関わっていきたいと思う。だからこそ、しっかりと枝払いや間伐をすることで、森と人との関係が互いにとっていいバランスになるように動いていきたい。

そんなことを書いていたら、『かぜはどこへいくの』(シャーロット・ゾロトウ / 偕成社)という絵本の一節が思い浮かびました。その絵本の中で、おとこの子はいいます。

「ほんとに、ぐるぐる ぐるぐる、つづいて いくんだね。おしまいに なっちゃうものは、なんにも ないんだね。」 

いつかこの風越の森の中で、子どもたちとこの絵本を読んでみたいなぁ。

これからの森の日

たくさんの皆さんのおかげで、森は明るくなってきました。少しずつ森と子どもの距離感も変化してきそうです。そんな森をゆっくり味わってみようと思い、第5回の森の日は「森と子ども」をテーマにお話しをする時間にしました。

もう少しすると雪も降るでしょう。そうするとこの森の景色もずいぶんと変わります。子どもと一緒に雪合戦したり、かまくらつくったりするのも楽しそう。キラキラ光る雪の森で動物たちの足跡を探したりもできそう。冬は冬ならではの森の楽しみがあります。そして、春の芽吹き。1年を通じて変化する森。その森の中で子どもが育つ姿を見ながら、大人も育っていく。

森の日を、ゆっくりと続けていきます。深呼吸しに、ぜひどうぞ。

本城 慎之介

投稿者本城 慎之介

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