だんだん風越 2022年10月19日

数年後の君へ

臼田 亜由美
投稿者 | 臼田 亜由美

2022年10月19日

たまに、Facebook、Google  Map、Google  フォトで、「〇〇年前の今日・・・」な感じで、出てくることがある。そうすると、「あー、そうだ!そんな時期だったなぁ」とか「そうそう。あの時、ああいう経緯があって、そんなことしたんだった」と過去の出来事を思い出して、そしてなんだかふと現在が新鮮に思えるような、現在から未来がちょっとワクワクするようなそんな感じがしてくる。過去にあまり興味はないものの、ちょっとしたスパイスに私の中ではなっているらしい。

風越学園が開校してから、私は子どもの記録にtyphoonの記録システムを多用している。いやむしろ愛用していると言ってもいいぐらいスタッフの中でも、使用している方なんじゃないかと思う。今回はずっと書きたかったけれど、時が来た感じがするので、この記録システムの私の持論を書き残したいと思う。

まず私が記録を記入する上で、根底に置いているのは、どう読み手に受け取られたとしても、これは単なる記録なのだ。この記録は、保護者もスタッフも選択すれば見せれるようになっている。私はこの3年間、幼稚園から小学校1・2年生を担当しているので、子どもが自分でtyphoonを開くことはない(4年生以上の子どもは自分でtyphoonにログインする。5年生以上は自分でも記録する)し、後で詳しく書くけれど、記録として記入するなら、保護者も読んだらいいと思っている。

ただ、私はこの記録システムは、いわゆる幼稚園や保育園でノートでやりとりしている連絡帳とは違うんじゃないかと思っている。だから「今日、こんなことして遊んでいました〜」「こんなことができるようになりました〜」のような報告の要素ではないので、です・ます調ではない。初年度、書き始めた頃は、読むのは保護者なんだから、やはり連絡帳の要素があるんじゃないか、と保護者の反応にちょびっとビクビクしていたこともあるけれど、現在はやはりその子の記録として残していくことに意味があるように思っている。そして私の記録していることは、たいていくだらないと思われるし、自分のその子が今日どんなことをしていたのかという思い出しも兼ねて利用しているので、これは記録に納めとかなくちゃ!みたいなことも少ないと思う。そして単純に面白いと個人的に思ったことも、載せたりしている。なので、ある意味この記録システムを一番乱用しているとも思っている。

集団で過ごしている様子も、記録している。集団の記録は、その時の主な流れややりとり、子ども同士の関係性などを書いているので、個人的な記録しては薄まるように感じるけれど、一緒に育っている仲間とのやりとりや関係性は子ども自身が成長したのちに振り返ると同志になっていたりいなかったり、自分だけでない成長も感じられるんじゃないだろうか、とちょびっと願っている。

typhoonでは、子ども一人ひとりの記録だけでなく、プロジェクト単位の記録もできる

個人的には、集団で起きていたことを振り返ることによって、その時の子どもの状況や気持ちの変化、関係性、活動への向き合い方などやっている時とは別の多角的な視点で感じ取ることができる。そうすると、じゃあ明日はこうすると面白そう、これ取り入れてみよう、こういうこうが興味ある感じだなってなってきて、現在地から一つ二つ先の光が見えてくる。賢い保育者や教育者は、持っていくゴールが見えていて、そこまでの道のりの最短ルートが明るい道なんだろうけど、私はゴールに辿り着けなくとも(そもそもゴールがなかったり)、同じ道を何度歩いても、夜道でもずっと立ち止まっていてもいいけれど、そこでその子が生きている、活きている、意気ていることを大事にしたい。

そんなことを記録に残しているけれど、typhoonにはその記録を読める人にチェック欄があって、スタッフ、子ども、保護者が主にある。前述したように、子どもだけに読んでほしければ、子どもの欄だけにチェックすればいいけれど、私は、チェック項目は全てチェックしている。

右上アイコンが記録を読める対象。赤枠内左からスタッフ・子ども・保護者

保護者欄にチェックすると、やはり保護者の顔が思い浮かぶ。(良くも悪くも。笑)子どもが自力で過ごしている学園生活を子どもが話したい時に、話したい部分だけ話すことがいいんだろうな、と思っている。親子の関係性でもあるし、知ってほしい部分も知って欲しくない部分も必ずあるはずだから。だからむしろその思いを私の記録は邪魔しているんだと思う。余計なことすんなよ!って感じだと思うし、そういう部分を大事にしているスタッフも多くいるんだと思う。

ただ前述しているように、子どもも伝えたい部分だけ伝えていたり、大人が求めている言葉を言ってたりすることもあるんだと思う。だから私は私の視点で、その日のその子のことを記録するし、それも保護者には一つのツールとして、「記録に上がってることなんも喋らないじゃん。笑」くらいに受け止めてもらうとか、「今日、もしかして、こんなことしてたんじゃないの?」と子どもに言ってみる時もあったりとか、保護者任せだけれど、上手く利用してもらったらいいと思う。

スタッフの欄にチェックしているのは、ある意味願いを込めている。

12年間のつながりを大切にしている風越学園の生活も、スタッフ全員が全年齢の子どもに均等に関わっている訳ではない。だから、年度が変わったり、成長していくと、やはり主に関わっていくスタッフも変わっていく。それは、学びの質が年齢に応じて変化していくので、より専門性の知識のあるスタッフが関わることで、探究が深まるんだろうなって感じている。なので、ずーっとこの子たちと学年を上がっていきたいとは全く思わないし、行ってこい!!って感じで、毎度年度終わりには、大旗振っている気分なんだけど、そこで受け取ったスタッフが0からではなくて、その子のことを知るツールの一つとして、記録を見てほしいな、と思っている。その歩んできた道のりの面白さを共有できたら、その時はそこで終わった探究をもっと深く探究へと導いてくれるんじゃないかなって、もっともっとその子のすごいところを引き出してくれるんじゃないかって、ワクワクしている。今の私の知識や人間性や専門性ではできないからこそ、そしてやっぱり一人として同じじゃない濃いスタッフたちだからこそ、お願いできることでもある。すごいんですよ、きっと。笑

そして最後は、子どものチェック欄。今は見ることできないし、どんどん記録し続けたら、埋もれていくであろう記録たちだから、その子に見てもらえるなんて滅多にないのかもしれない。でも私は、いつも記録を書きながらワクワクしている。数年後、君がパソコンを自分で開けるようになって、typhoonも自分で見れるようになった時。こんなくだらない日々を記録されていたら、どんな表情で、どんな風に、どんな心境で、これを読むだろうか。ましてこの記録を書いているのが、本名で明記されているせいで、私だなんてわからないだろう。毎年名前変えてるし。

でもさ、成長して、社会を知って、世界を感じて、自分に気付いて・・・。よく自分自身がわからなくなることってたくさんあると思う。だって大人になったってあるもん。でもそんな時にさ、開けてくれたらいいなと思う。幼い自分の記録を読んでいる君にとって、くだらなく見えるかもしれない記録の内容も、その時は必死に逞しく懸命に取り組んでいたんだよ。遊びも学びで、学びも遊びで。生きて活きて意気ていた。いいじゃん、自分って。そうだ!こんなこと好きだったって。思い出してさ、ちょっと現実の色が、暖色になったなら、風越学園のスタッフ冥利に尽きますわ。だから、おそらくこれからも何かしら記録はし続けるんだと思う。君へのエールとして。

 

#2022 #スタッフ

臼田 亜由美

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今しかできないこと、今だからできること、当たり前ではない今日を、子どもたちと共に生きて学んで経験していきたいと思います。

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