だんだん風越 2021年2月9日

第5回、第6回かざこしミーティング〜わたしたちが生活する場にしていくために〜

片岡 利允
投稿者 | 片岡 利允

2021年2月9日

前回の記事で、かざこしミーティング第3回・第4回のことを通して、大事にしたいことを見落としてしまっていたことについて書いた。

それは、「〜したい!」とか、プロジェクトとか、そういったことはもちろん大事だが、それ以前に、風越学園がわたしたちが生活する場であることを実感しながら過ごすことが、より良い自分、より良い場になっていくために必要不可欠なことだろう、ということだ。そうして考えた結果、かざこしミーティングではじめに投げている「問い」について、今一度考え直す必要がありそうというところに至った。

少し期間が空いてしまったが、今回は、10月11月に行われた、第5回第6回のかざこしミーティングでの試行錯誤のプロセスについて書いていきたいと思う。

「よりよい風越をつくっていくために、あなたが話し合いたいことは?」

かざこしミーティングでは、この問いから話したいことを出し合って、それぞれ関心あるテーマについて話し合ってきた。

しかし、この問いにある、“より良い”とか“つくる”とか、そういった言葉がプロジェクトを前提とする動きをつくってしまい、本来は、風越のみんなが風越のことについて話したいことを話せる場であったはずのかざこしミーティングが、プロジェクトのミーティングの場になってしまっていた。そうして、必然的に後期の子どもたち中心の場になっていった。

そもそも、「〜したい!」のように、欲求が言葉になって、願いを持ってプロジェクトを進めていく以前に、日々、言葉にならない(もしくは、する機会がない)、ここで生活する上で「感じていること」がたくさんあるはず。

たとえば、校舎内で走り回っていたり、ゴミが落ちていてもそのままにされたり、トイレが汚かったり、あるべきところにモノが片付けられていなかったり。

これらのことは、スタッフ間では問題意識が高まっていたものの、子どもたちの問題意識からは、徐々に遠のいていたような感じだった。そういうことを見逃したままにしても、日々、プロジェクトや学びは進んでいく。そこから、子どもたちは何を学んでいるのだろうか。

「何となく気になるなあ」という小さな違和感、「何かいやだなあ」という不快感みたいなものは、200人で共同生活している日々の中で、誰しもが抱いている。しかも、感じていることは、人それぞれ少しずつ違う。

ライブラリーが居場所になっている子にとっては、本があるべきところにないことはとても不快だろう。しかし、そもそも本に関心が向いていない子にとっては、本があるべきところにないことにさえ気づかないし、あちこちに本が散らかっていても、気にせず、通り過ぎていくだろう。

でも、「本があちこちに放置されていて、読みたいときに読みたい本が見つからなくて困っているんだよね。」と不快に思っていることを聞きあえる機会があれば、その次の瞬間から、全く気付きさえしなかった本の散らかりが何となく気になってしまって、うっかり落ちている本に手が伸びる、みたいなことが起こるかもしれない。

そうして、お互いの快・不快を共有することで、日々の行動の積み重ね、つまり、その人の習慣が少しずつ変わっていく。これが、自由の相互承認の感度を育んでいくということなのではないだろうか。

やりたいこと、やるべきことでいっぱいになって、自分の心の中の声にならない声みたいなものが流れていってしまったり、感じていることについて話せる機会がないと自分自身の心の声はだんだん聞こえなくなってしまう。つまり、感度は鈍くなってしまう。

今一度、わたしたちが生活する場として、一人ひとりが生活者として、ここにいて感じている違和感や不快感をちゃんと取り扱っていかないといけないなあという気持ちになっていった。

また、かざこしミーティングがはじまった当初に比べ、ミーティングへの熱量の格差は、次第に広がっていくばかりだなあと感じ始めていた。たとえば、「森と川を守ろうプロジェクト」のように、スタートからずーっと熱量高く活動を続けてきているプロジェクトチームはごく一部だし、ひとつプロジェクトを終えてから次の「〜たい!」を探そうにも、みんながみんな、そんなに次々と「〜たい!」が出てくるわけでもない。

「〜たい!」のもっと手前。一人ひとりがここで生活する上で、日々、感じていることから、話したいことを話せる場としてのかざこしミーティングをつくり直すことにした。

「風越での生活、最近どう?」

かざこしミーティングについて定期的に相談しているまーぼー(ファシリテーター・古瀬さん)と振り返りのとき、かぜのーとで、しんさんがスタッフや保護者、子どもたちにインタビューしたものを記事にした、「最近、どう?」という問いかけのあの感じがいいんじゃないという話になった。

毎回、インタビューされる人たちは、思い思いに風越と関わる自分自身について語っていた。きっと、インタビューを通して、自分が、風越にいて感じていることに初めて自覚的になったこともたくさんあっただろう。

シンプルかつ、何を話してもいいような問いだからこそ、ただ「感じていること」を取り扱いやすいのではないか。そんな仮説から、かざこしミーティングのはじまりの問いを、「風越での生活、最近どう?」に思い切って変えてみることにした。

「感じていること」を素直に話せるには『関係性』こそ必要

かざこしミーティング第5回の当日。今回から、朝のつどいの時間もかざこしミーティングの一部にすることにし、どのホームも外でつどいを行うことにした。話をしているホームもあれば、遊びからはじまるホームもある。

お互いが見えるっていい。何となくそこにいて、存在を感じられるっていい。普段は、別々だからこそ、スタッフも子どもも、お互いのつどいの様子から刺激を受ける機会になっていたんじゃないかな。

ホームごとの朝のつどいの後は、みんなであそぶ時間があって、またホームで集まってミーティング。普段話せないことを話せたらと、各ホーム担当のスタッフを入れ替える形にしてみた。

それぞれ分かれたら、「風越での生活、最近どう?」から対話がスタート。

「楽しいよ!」
「まあまあ、ふつうかな。」
「んー、何もない。」
「なかなか勉強ができていないんだよね。土台をもっとやりたい。」
「暴言とか暴力が気になってる。何回注意してもやめてくれない。」
「スタッフももっと運動したほうがいいと思う!」

スタッフは、丁寧に子どもたちの「感じていること」を拾おうと問いかける。子どもたち同士でも聞き合う。それに対して、互いに思いをぶつける姿もあれば、感じていることはありそうだが言葉にできないままだったり、めんどくさそうにしている姿もあったりと、様々。

いつもと違うスタッフだからこそ、話せることもあれば、話せないこともあっただろうな。ホームの中でも、子どもたち同士の『関係性』が深まっているところは、活発に話し合いが行われていて、そうでないところは、なかなか言葉が出てこないようだった。

「問い」もそうだけど、その場の『関係性』によって、感じていることを素直に出せるかどうかは決まってくる。関係性は、日々のコミュニケーションの積み重ねの結果だ。わかっていながら、だからこそ、今回はいつも関わっていないスタッフにお願いしてみたが、ホーム内の関係性を把握していないこともあり、少し裏目に出てしまったかもしれない。

30分ほど、ホームごとで小グループをつくってメンバーを何度か入れ替えながら、「風越での生活、最近どう?」という問いから始まるやり取りをしたあと、もうちょっと話し合いたいことを紙に書いて、それぞれ関心があるところに集まって分科会を開き、さらに話し合いを続けていった。

「感じていること」を共有するところからはじめたことによって

「朝のドッヂボールをスタッフの参加者を増やしたい!」と紙に書いていたエリナは、「朝のドッジボール、いつも男子くらいしかいなくて、スタッフもほとんどいなし、ドッジボールが楽しいって伝えたい。いつもスタッフはオフィスにしかいないから、もっと運動もした方がいいと思う。」と、このかざこしミーティングの後、スタッフ全員に予定を聞いて回り、実際に、ドッジボールを企画して運営するところまで、“ひとりで”やり遂げた。

はじめての経験に、当日はみんなが本当に来てくれるのか心配と緊張で、朝に何度も、「今日やるよ!絶対きてね!」と、いろんなスタッフに今日の開催を告知しにきていた。

蓋を開けると、スタッフだけでなく、たくさんの人が来てくれて盛り上がったドッジボール。緊張していた朝の姿が嘘のように、みんなの前に立って説明や審判をするエリナ。、今まで見たことのない彼女のたくましい姿がそこにはあった。また、新しい人たちが風越に来る4月にやりたいそう。

「感じていること」がたった数名の人たちに共有されていれば、たとえはじめてのことであっても、ぐいっと一人でやりきるところまで貫ける。プロジェクトになんてせず、その時の熱量を持ってすぐさまやってみる。すごくいいなと思った。

こちらは、カイノスケ。「かざこしミーティングの進め方はこれでいいのか?」と書かれた紙を持って、ぼくのところへやってきた。

「今日、どうしてこんな流れでやろうと思ったんですか?」

どうやら、かざこしミーティングの場づくりの意図を聞きたくてやってきたようだった。ぼくは、先述したように、今回のかざこしミーティングでは「感じていること」を話し合うところからはじめたかったということを、これまでの経緯も含めて話をした。

その話を聞いて、納得したような、納得していないような様子だったので、しばらく考えた後、彼に提案をした。

「じゃあさ、これからのかざこしミーティング一緒につくろうよ。」

最初、戸惑いを見せていたが、一緒につくることを決断。そろそろ、子どもたちとこの場を一緒につくったり、徐々に手渡していったりすることも考えていかないとな、という気持ちになっていたので、まさに、このタイミングだ!と。

これも、「感じていること」からはじめたからこそ、「〜たい!」の前に、今やっていることへの“そもそも”を問い直すきっかけになったのだろう。

また、「日常的な対話」に焦点を当てて

第6回は、第5回での反省から、ホーム担当スタッフに、そのままホームで行うかざこしミーティングのファシリテーターをお任せし、問いも「最近、どう?」から「風越にいて、最近、困っていることは?」とした。

それでも、やはり、感じていることを話したいように話すということは難しいようだった。『関係性』の問題は、日常のコミュニケーションの積み重ねであるし、感じていることを話そうにも感度が鈍くなっているとなかなか言葉にできない。日常的に、違和感や不快感を取り扱って、話し合う「習慣」がなければ、月に一度のこのかざこしミーティングの場で、「風越にいて、最近、困っていることは?」といざ問われても、ピンと来ない。

そこで、かざこしミーティングを立ち上げた時に、大事にしたいキーワードとして一番はじめに掲げていた「日常的な対話」という言葉に戻ってくる。

一人ひとりが風越で生活している中で感じている、違和感や不快感を話し合える、聞き合える、そんな機会が日常的にあることが、ここでの生活をちゃんと「わたしたちのもの」にしていく上で必要なこと。

よりよくしていく話し合いの種は、一人ひとりの「感じていること」にあって、それは、わたし自身をつくっていくことにもなっていく。

というわけで、第7回は、「日常的な対話」に焦点を当てて、毎日のホームでのつどいの時間に注目し、アプローチしていくことにした。その内容は、また次回の記事で書きたいと思う。

片岡 利允

投稿者片岡 利允

投稿者片岡 利允

歩く、書く、話す、歌う、弾く、笑う、食べる、呑む、が好きな関西人です。感性・感覚・感情・直感・重視だけど、じっくりゆったりどっぷり考えることも好き。いい循環を生む触媒のような存在になりたい。風越のはじめの1年を終えた今、「ファシリテーション」「保育」「読み書き」あたりに関心があります。こう見えてまだ20代。シンガーソングライター。

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