風越のいま 2024年9月13日

子どもたちと悩みながらつくりはじめる数学する時間・空間

佐々木 陽平
投稿者 | 佐々木 陽平

2024年9月13日

僕らしさと風越らしさがぶつかるとき

ある日、ゴリさん(岩瀬)が僕に話しかけてきた。

第1タームの振り返りはスタッフだけでやるよりは子どもたちとやれるといいと思うんだよね。開校初年度の頃にカオスの経験をしてきて一緒に学校をつくってきた子どもたちが卒業していって、このままだと子どもたちが学校をつくっていく意識がだんだんと減っていくんじゃないかな。だから、このタイミングで改めて子どもたちと振り返られるといいんじゃないかな。

僕自身「子どもたちと学校をつくる」ってことが何を意味しているのかまだ手応えをつかんでいなかったし、子どもたちとホームをつくることに難しさを感じていて、子どもたちと第1タームを振り返るってことはやったほうがいいなと直感的には感じていた。

7・8・9年のラーニンググループ(以下LG)のそれぞれのスタッフも、ゴリさんから声をかけられたり、ミーティングで話題にしたりして、第1タームを子どもたちと振り返ることを前向きにとらえていたと思う。

7月24日(水)。夏休みの初日に有志の子どもたちが20名程度集まった。ゴリさんが振り返る場を開いた。7・8・9年のLGのスタッフ、たいち(井上)、ちゃんぴょん、こーだい(上條)がその場に参加した。

ゴリさんからは1学期を振り返るときにお互いの声をききあう場にしたいということや、スタッフはつい「でも…」と思いがちだから、一旦自分の前提を脇におけるといいなというインストラクションがあった。「自分の前提を脇において」って大切なことだよなと思いつつも、そんな簡単にできないかもって自分の甘さを感じていた。

ゴリさんのインストラクション

自分の前提をいったん脇に置いたあと、どうやって自分の前提と向き合ったらいい?

フィッシュボウルの形式*で、子どもたちとゴリさんが第1タームについて振り返った。異年齢の時間が少ないこと、スタッフとの関わりで壁を感じていることなどが話題にあがった。僕が土台の学びを学年で分けたいと提案したことで、7年、8年、9年は学年で過ごす時間が増えているので、異年齢の時間が少ないという声を聞いて気持ちはざわざわしていた。

子どもたち(内側の円の人たち)の振り返り

*対話的アクティビティの一つ。二重の円になって内側の円の人たちが話しているところを、外側の円の人たちが聞く。

そのあと、フィッシュボウルの金魚の役を交代して、りんちゃん(甲斐)てつ(岡田)もい(新井)、たいち、こーだい、僕が子どもたちの話を聞いて感じていることを話した。僕は、数学の時間をこだわりたい僕らしさと異学年で過ごしたいという風越らしさがぶつかりあって、さらにこだわっても授業に居場所がない子どもたちがいることの苦しさが加わって、自分の居場所が風越にないことと自分の力量のなさをすごく感じて、しくしくと泣いてしまった。

スタッフ(内側の円の人たち)はどう聞いた?

そのあと、参加した全員がそれぞれの関心ごとに分かれて、振り返りをした。コミュニティ、異学年、土台の学び、スタッフの関わりなどいくつかの視点からそれぞれ感じていることをおしゃべりした。振り返りが終わって、いろいろな仕事やミーティングを経て夏休みに入ったが、夏休みの間は少し気が重たかった。

わたし、受験、数学の時間。

夏休み明け、第2タームをどうしようかとスタッフで話し合った。有志の子どもたちの声は聞けたけど、参加しなかった人たちの声も聞きたいよねという話になった。第2タームのはじまりの日を子どもたちの声を聞く時間にしようということになり、はじまりの日を設計しようと振り返りに参加した子どもたちに声をかけて、有志の子どもたちとスタッフで第2タームのはじまりの日を設計した。

はじまりの日はたっぷり遊んでから、第1タームについてそれぞれの子どもたちと振り返り始めた。それぞれの関心ごとに分かれた。7年のケンちゃんと7年のリョウユウが数学の時間をもっとよくしたいと僕に声をかけてくれた。5・6年の算数を担当しているふっしぁん(藤山)も関心をもってくれて、4人で数学の時間について話し合った。授業のペースが少し速いこと、席をくじにするか自由席にするかということ、もう少し自分なりの探究をしたいということ、インストラクションを長くしてほしい短くしてほしいなどなど。一番びっくりしたのは僕に圧を感じていることもあるということだった。確かに授業中イライラしちゃうときはあったなと思っていたが、子どもたちが圧を感じているとは思っていなかったので言ってもらえてよかった。

ケンちゃんとリョウユウとふっしぁんと僕と数学の授業をどうするか考える。

ケンちゃんとリョウユウとふっしぁんと数学の時間について話し合う時間がすごくいい時間だった。自分の授業へのフィードバックにざわざわする感じは全くなかった。それはきっとケンちゃんは普段から授業のあいだまっすぐ考えていることもあって、2人が数学の時間をよりよくしようとしているのが伝わってきたからだと思う。他のチームの振り返りを見ていると、土台の学びや受験について不安を感じている子どもたちが少なくなかった。

ふっしぁんと第2ターム最初の数学の時間をどうするか相談して、やっぱり一人ひとりの声を聞きたいよねという話になった。「わたし」、「受験」、「数学の時間」を視点に子どもたちが数学の時間について何を感じているのか話したり、聞いたりする時間をつくった。子どもたちとおしゃべりしているときに7年カナエが「あんまりようへいとしゃべることができていなかったから、まずはそこからかな」って言っていて、そうだよなーってすごく感じた。僕はついノートのやりとり、つまり書き言葉になりがちだけど、書き言葉は話し言葉より一方通行的だ。話し言葉で子どもたちのことを子どもたちに聞く、一人ひとりの声を聞くってことをちゃんとやっていこうと思った。

他にも子どもたちはいろいろなことを感じていた。関係が固定化されるからくじで席を決めたい、部屋が騒がしいから静かなところでやりたい、ようへいが出ていっちゃうときがあるから部屋にいてほしい、もう少しようへいに教えてほしい、授業のペースは普通あるいは速い、受験の内容を扱ってほしい、などなど…子どもたちの要望通りにすることがすべてじゃないけど、自分の前提を少し脇において「子どもたちが学ぶため、考えるため」にできることを少しずつやってみることにした。

9年ユウタのノート

9年シズクのノート

9年シズク、席の位置を変える。

9年のシズクが「席の位置を変えたい」と声をあげていたので、シズクに声をかけて放課後、シズクと近くにいた9年生の子どもたちにも手伝ってもらって席の位置やスクリーンの位置を変えることにした。シズクは部屋が狭くて移動しにくくて考えたい人や聞きたい人のところに行きづらいというので、動きやすい席の机や位置の配置を変えることにした。スペースをつくるにはカウンター席もつくる必要があって、カウンター席に座られると全体へのインストラクションがやりづらいなとは思ったけど、そこは一旦手放すことにした。

子どもたちと机やいすの配置を変える

正三角形のかたちにテーブルを並べて一段落だと思ったけど、シズクが「これでいいの?」とまだ満足していない様子だった。「どうかな?」と聞いてみると、正三角形の端の席に座りながら「この席だと狭いんだよね」とちょっと不満な様子だった。じゃあ、もう少し形を変えてみるかということで試行錯誤して、平行四辺形の形にしてみて実際に2人で座ってみて大丈夫そうだということを確かめた。せっかくいろんな形にできるので、数学の部屋っぽく台形、平行四辺形、長方形としてみた。深い意味はない(笑)。

平行四辺形のテーブルで考える

7年カナト、ようへいの質問コーナーをつくる。

「ようへいが部屋にいないときがあって困っている」という声もあった。子どもたちが活動に入ってとくに呼ばれないと、「大丈夫そうだな」と安心して、つい近くの部屋の授業を観に行っていたし、僕がいなくてもできることが大切だよなという思いもあった。部屋にいてほしいということだったが、7年カナトが「ようへいの質問コーナーをつくる」というアイデアを出していた。子どもたち一人ひとりとおしゃべりする時間もつくりたいという気持ちもあったが、それは一回脇において、とりあえず質問を待つ場所をつくり、僕はそこにいることにした。

質問コーナーに質問しにきたり、そこで考えたり。

9年ユウタ、席をシャッフルする。

席をどうやって決めるかはどんな案でも賛否両論があってなかなか難しさを感じていた。9年ユウタが「今日こういう時間をつくってくれてありがとう〜。さっきグループで話したんだけど、自由席だと聞きたい人に聞きづらいから一旦席をシャッフルしたらいいと思うんだよね。そのあと動いたらいいと思う。あとカウンター席でも考えられるといいな」と、直接僕に声をかけてくれた。

9年生はいつも自分たちで決めていたから関係が固定化されていることにもどかしさを感じていたんだと思う。一旦くじで席をシャッフルしよう。でも、そのあとすぐに移動するとなんだかさみしいから、そのときの出会いを楽しみつつ考えやすい人、場所を見つけられるといいな。

席をシャッフルしたあと仲間に聞いてまわる。

8年エリナ、教科書の時間をもっと増やす。

8年エリナに「教科書の時間をもっと増やしてほしい」と言われたが、それをそのまま受け入れることはできなかった。僕自身は数学のすべての時間を教科書を読む時間にしたくはない。子どもたちが数学の時間をつくっていくこと、そして数学をつくっていくことを大切にしたい。1つの問題をじっくり考えながら、アイデアや手続きを洗練したり、新しい性質を発見したりしてほしい。でも、考える問題を教科書に寄せることはできそうだなとは思った。よい問題は教科書紙面上にもある。例えば、7年生の1次方程式の利用で次のような問題がある。

*岡部恒治 他(2021).これからの数学1.数研出版.p.115

これをそのまま解くだけでは苦手な子にとっては手がつかないし、得意な子どもにとっては難なく解いてしまうだけである。そこで問題の提示を次の2通りで考えるように課した。

①子どもの人数をxとおいて方程式を立てる方法
②みかんの個数をxとおいて方程式を立てる方法

実はこれ、①と②で方程式の立式の難易度と方程式の解の解釈の仕方が変わってくるのである(読者は2通りの方法で考えてみよう!)。すべての子どもたちが②でできなくてもいい。より深く考えられる子どもたちには②にも挑戦させた。そして苦手な子どもたちも得意な子どもたちにも、①や②で方程式の立式につまづいたときには、人数が10人だったら…、みかんが66個だったら…といくつかの数で試すことを教えた。このように教科書紙面上の問題でも子どもたちのそれぞれの現在地で考えることはできるし、それぞれの現在地で考えるときの模範を示すことができる。

実際に提示したスライド。参照できるように教科書のページを示しておく。

いくつかの数でためしてみる。左は7年エナのノート、右は7年チーちゃんのノート。

こうして子どもたちと悩みながらも数学の時間・空間をつくりはじめたが、改めて僕自身の数学の時間へのこだわりを感じる。そのこだわりが子どもたちと合わないことがあるなと感じつつ、なかなかそのときの前提を今でも脇におけないことがある。そういう前提が子どもたちを苦しめていないかと思うと自分のこだわりにどんな意味があるのか不安になってしまう。そんなことを抱えながらも、こだわらざるを得ないのだからしょうがない。そういう性分なのである。

そういう性分をもつ「自分の」こだわりが「自分たちの」こだわりや「子どもたちとの」こだわりに変わっていけるだろうか。今でも授業に居場所がない子どもたちがいて、そういう居場所がない子どもたちとも居場所がある子どもたちとも一緒に授業にこだわっていくということが今の僕のチャレンジである。

#2024 #7・8年 #9年 #土台の学び

佐々木 陽平

投稿者佐々木 陽平

投稿者佐々木 陽平

確かな数学教育を求めて三千里。身の回りの環境や子どもたちの活動の環境を整えるのが好き。最近は読書にはまっている。

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