2022年4月21日
「今まで食べたご飯の中で一番おいしい!」
「高級ホテルのごはんよりおいしい!」
それは昨年度、稲刈りを間近に控えた田んぼでまるねこチーム(年長児21名+年中児1名)が学園で拾った栗をゴロゴロと入れた栗ご飯を口いっぱいに頬張ったときの嬉しい声だった。
その体験から「風越学園の人たちやお家の人にこの味をあげたい!」「何回もマッチしたりご飯炊いたりしたらとってもうまくなると思う」「おいしく炊けるようになるまで練習が必要」という思いが子どもたちの中に生まれた。それから毎週木曜日は『ごはんの日』と決めて、火をおこし飯盒でご飯を炊くことに。
まず火がなかなか点かないことに苦戦。「みんな集まって!ミーティングするよ!」アオイの声で輪ができると、「今日は木から煙がでてくるよ、なんでだろう」「濡れた木があったんだよ」「木を入れすぎたんだよ」「風が足りないんだと思う」「離乳食(焚付のこと)を入れるのが遅かったんだよ」と、あーだ、こーだ言うそのやり取りは沢山の人の思いがぶつかりあってカオスだった。それはぐっと自分の内に問いかけながら「ぼくはこう思う」を伝える姿だった。
そんな中マヒロが言った「やってみようよ、やってみないとわからないよ、うまくいくかもしれないよ」の一言。その言葉になんだかしっくりきた様子で、「そうだね」という雰囲気に。そしてミーティングの輪は解けた。
こんなふうに「やってみる」を繰り返したご飯の日は11回続いた。いつも同じようにやれば火が点くわけではなく、「点いてくれよ」と願いながら「あかちゃんの火(小さな火のことをこう呼んでいた)はどうしてほしいんだろう」と観察した。そして火をつけるのはなかなか手強いぞ、という実感は回を追うごとに沸々と湧いてくるものだった。じっくりと向き合えば「わからない」が生まれ、「いいこと考えた!」「こうしたらどうかな」と閃きが生まれ、「やってみる」を繰り返す時間がつくられていった。
一人の「どうしてだろう」の想いがコミュニティに新たな気づきを与える出来事もあった。それはガムを噛んでいるために集いに出られないマルの想いから始まった。
マルはある日、うーんと息を吸い込み…「ああ、あのね、何で風越学園でガムを噛んじゃいけないの?だってさ、お弁当の時のゼリーはいいのに、なんでガムはいけないの?」と。マルの「どうしてだろう」の想いが溢れ出た。ほぉ、そんなことを思っていたんだな。
あいこ「例えばゼリーには果汁っていって果物と同じ成分が入っていて体のためになるものだからかな、それでガムは口に入ったままで遊んでいたら間違って飲み込んじゃうことがあって危険だからかな」と応えると、
マル「私はね、そういうときはこうするの」と下前歯と顎の間にガムを挟む様をやってみせた。
あいこ「そうか、そんな技があるならガム噛んでもいいんじゃない?」
マル「でもみんなにずるいって言われるから」
あいこ「まるちゃんはずるいって言われるのが嫌なんだね」
マル「みんなガム噛めばいいのに、だってお口の中がすっきりするでしょ」
みんなは当たり前のように『学校ではガムを噛まない』の決まりごとを守っている、でも守れない自分がいること。そしてどうしてそんな決まりごとがあるのか納得がいかないから守りたくない、自分の違和感….それを表現しているのだ。マルは自分の違和感に立ち、葛藤している。私はみんなと違うこと、一緒がいいのに、『違う』自分の感じ方….。
このことをいつかみんなと話し合いたい、まるねこチームの人たちはこのマルの思いを知ったらどう思うんだろう….。
その2日後、まるねこチームで集う日だったがやってこないマルはみんなに囲まれた。膝を抱え伏し目がちなマル。口の中にはガムが入っているようす。……いい機会だと思った。
あいこ「ガムのことみんなに相談してみるのはどうかな?」マルは頷き、「あいこさんが言って」と。そこでマルが心に抱えていることを話した。
するとマルは顔を上げ、しっかりした声で
マル「わたしー、ガムを噛むと歯が痒いのが治るし、さっぱりするからガムを噛みたい」
チカ「朝の集いの前も痒かったの?」
マル「元々痒くて、噛んだら治ったんだけど一回出したらもっと痒くなった」
ユイ「それなら家でガム噛めばいいんじゃないの?」
ユニ「でも口の中がずーーーっと気持ち悪いの、まるちゃん、かわいそう」
エマ「そうだね」
誰か「口の中が気持ち悪いなら、お茶を飲むとかは?」
マル「それじゃー治らない」
チカ「じゃあ、集いの時もずっと噛んでればいいんじゃないの?」
マル「そしたら、みんながずるいとか、ダメって言うと思うから」
マトイ「いいなって思うけど、怒ったらまるちゃんが嫌な気持ちになっちゃうと思うから言わないよ」
ミキ「ミキもいいなって思うけど、マルちゃんが嫌な気持ちになっちゃうから」
ユニ「ユニもいいなって思うけど、人のものは食べちゃいけないと思ってるから、ちょうだーいとか言わないよ」
あいこ「ユニちゃんは人のものは食べちゃいけないって思ってるんだね、それは何で?」
ユニ「だってそれはダメでしょ」
あいこ「なんでダメなんだろうね」
ヒノキ「アレルギーとかあるから…」
ユイ「秘密でずーっと食べてると、いいなーって思われる気持ちもあると思うし、体によくないし、でもまるちゃんはガム食べてもいいと思う」
アイコ「ユイちゃんはガムを秘密で食べてると体に良くないって思ってるんだね」
マトイ「虫歯になるしね」
ヒノキ「あのねーーー、ヒノキもお菓子と交換してガム食べたよ。心の中ではだめだって思ってるんだけど。」
あいこ「ひのきも食べたことあるんだね。まるちゃんがガム噛むことはどう思う?」
ヒノキ「虫歯にならないならいいと思う」
レイ「まるちゃんは(ガム噛んでも)いいにしたい」
マヒロ「それでやってみよ」
レオ「いいと思う」
「まるちゃんはいいにしようよ!」
こうしていろいろな想いがマルに伝えられた。それはじんわりとその場に染み渡っていった。
その日の帰りの集い、マルは早々集いにやってきた。そして、マル「ねえねえ、(集いの輪が)丸くなってないよ。〇〇ちゃんが少し後ろに行くときれいな丸になると思う。下がってくれる?」こうして輪の中で声をあげ、コミュニティに貢献しているマルがいた。
マルは自分の違和感を大事にしている。そして今回のミーティングでその違和感を他の人にも大事にしてもらえた。マルは他者とは『違う』という観点では無く『同じ』の中で違う考えが重なっていく瞬間に出会っていた。
そして、このミーティングでマルの「どうしてだろう」の想いは他者の想いを照らしていた。それぞれが「わたしはどう思うの?」と。感じたままを伝え、ありのままを受け止め合う雰囲気がまるねこチームに生まれていた。
学園に隣接している森は数日の大雪で銀世界となった。こどもたちが歩くとそこは道になり遊び場となった。「おまんじゅうやさん」「しょうがっこう」「森のほてる」一人ひとりの空想の世界がさまざまな遊びをつくっていた。
そんなある日、探検することを楽しんでいた人たちに学園周辺の地図を見ながらおよそ3.5キロ先にある鳥井原の森のことを伝えてみた。学園の森と鳥井原の森は元々は繋がっていたんじゃないだろうか…「どんな森か探検にでかけてみよう!」ということに。
出発の日、地図を片手に学園の門を出ると、右に行くのか、左に行くのか早速足が止まる。誰かの声で右と決めたけれど、タイガ「あいこー、ここであってんのか?」と不安そう。
誰も確信は持てないけれど、誰かの声に耳を傾けて、そうなのかな、わからないな、でも進んでみよう、そんな雰囲気。そして途中、いろんな人から「休憩しよう」の声がかかり、そして、そろそろ、と思った人が歩き出し、それを見て他の人も動き出す。探検という目的があるとこんな風になんとなくまとまっていくんだな。
橋の手前、アオイは「みんなちょっと集まって!やっぱりさっきの道を曲がるんじゃなかったのかな?」と声を上げ、地図を見つめている。
カナメ「でも、川のところを曲がるんだよ。橋があるところが川だよ。」
ユニ「『157』ってかいてある看板と地図の『157』一緒だよ。だから合ってるよ。」
アオイはさっきの道を曲がるはずだったんじゃないか、この道は間違っているんじゃないかって、心配…。
レオ「あの工事している人たちに鳥井原の森はどこですか?って聞けばいいんじゃない?」
カナメ「まだ川渡ってないよ、橋を渡ってからこういってーまっすぐだよ」
とりあえず行ってみようよということに。アオイもトボトボと歩き始めた。この道で合ってるかもしれない…。
目印としていた神社が見えず、足取りが重くなり、座り込んで休憩タイム。すると、目の前の家からお姉さんが出てきて…なんとお家の敷地内を通らせてくださり、神社へ続く道を案内してくださる。
ハルノブ「ほんとにありがたいね」
「ありがとうございます!!」みんなでお礼を言って、また進む。
その後も畦道で春を見つけたり、水路で魚探しをしたり、突如、宝石探しが始まったり…。
なんとか神社に着くと、だれからともなく「ここでお弁当にしよう」の声。
ヒノキ「なんかいるー!」その声にハルノブ「どこ?」「はさみむしだ!おい!ケイゾウ!ハサミムシがいるぞ!(この二人は、雪解け水で出来た川にハサミムシを乗せた笹舟を浮かばせて、溺死させていた仲)」ハサミムシを凝視したハルノブは「こいつ、筋トレしてるぞ!」
ヒノキ「はるのぶ、ありがとう」普段、やり取りが多いわけではないヒノキとハルノブだが、探検にはこんな風に繋がるきっかけがあり、一人ひとりが活かされる場が用意されていた。
お弁当を食べ終え、忍者ごっこを始めた人たちが崖上りの修行へ向かった。忍者たちは「あとから来る人が枝に刺さらないように」と突き出ている枝を折っている。そして崖の上で、なんだかこのまま先に進めそう…となったらしく、崖を滑り下りて、リュックを背負ってまた駆け登る。それを見ていた人たちもどんどん登っていく。
崖の上に立ったレオは登ってくる人たちに「たすけようか?」と棒を差し出した。助けてほしい人は棒を掴む。レオがぐいっと引っ張る。そこから続々とレスキュー隊が現れた。
そしてちょうど良い木を見つけると木登りが始まり、おうちごっこや戦いごっこが始まる。
崖を下ると「川だーーー!!」と足早に、バシャバシャと入っていく人もいれば、石を渡る人、横木を渡っていく人、「私のブーツは水がしみちゃうから」と川岸を歩く人、どの道がいいか、それぞれが選択する。
雪の崖を発見するとカエデが一目散に駆け上がっていく。崖上まで登ったサラの「いくよー!」の声が聞こえる。一人滑り、お友だちと連結滑り、ゴロゴロ滑り、腹ばい滑り…自分のやり方がある。
突如ユイの泣き声が響き渡る。
ユイが滑り下りた直ぐ後にギャーギャー大騒ぎのマヒロとレオが転げ落ちてきてマヒロの靴がユイの後ろ首にぶつかった。ユイは驚いた様子で泣いている。
マヒロが困り顔でユイの顔を見つめる。「どうしたの?」と集まってくる人たち。
マトイ「わざとじゃなくても痛いよ」
ヒノキ「だいじょうぶ?」
エマ「でもユイの帽子はもともとたんこぶ出来てるから(帽子についたポンポンのこと)大丈夫でしょ」
ヒノキ「今はそういうことじゃないんだよ!」
少し離れたところにいるレオはじーっとその様子を見つめている。
ユイはひとしきり泣いた後、再び崖を駆け上がっていった。マヒロとレオもその姿を見て動き出した。
マヒロがまたギャーギャーと落ちてくる。するとレオがマヒロの体をブロック。レオはマヒロがまた誰かとぶつかっちゃうんじゃないかって心配なんだ。
間違って相手を傷つけてしまうことってある、そんな時、相手の様子をじーっとみている。「わざとじゃないんだ。でもどうしたらいいかな、なにができるかなって」こころを寄せている。
気づきや関心事にたっぷりと出会い、それがくっついて新たな気づきが生まれたり、時に感情がぶつかったり、かさなって自分と相手の違いが活かされたり…何が起こるかわからない、それぞれの息づかいのまま偶然に起こることをそのまんま受け止めて進んだ。
それから数日後、まるねこチームは卒園式を迎えた。この日は「たのしい日にしたい」という思いの中で、舞台でブレイクダンスやお笑い芸人、ダンスをしたり、パチンコやさんを開いたり、石の博物館を開いたりした。そこには「やってみる」を通して広がった「いまのわたしはこんなかんじ」がめいっぱい現れていた。
これからも「どうしてだろう」と一人ひとりにやってきた問いは「やってみる」へと向かい、そしてまた新たな「いまのわたしはこんなかんじ」になっていくんだろう。この物語の続きを楽しみにしている。
仲間と共に…じっくり、たっぷり、ゆったりの探検旅はまだまだ続く。
子どもたちの世界は面白くてワクワクします。一人ひとりの「おもしろい!」の世界を大切に実体験を通して深め、拡げていけたらと願っています。そして暮らしの中で見つける小さな喜びや気づきを一緒に積み重ねていけたら幸せですね。
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