子どもと一緒に読みたい本 2019年9月17日

『どろぼう がっこう』(かこ さとし、偕成社)

かぜのーと編集部
投稿者 | かぜのーと編集部

2019年9月17日

『どろぼう がっこう』(かこ さとし、偕成社、1973

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ちょっと耳をすませてください。どこかから何か聞こえてきませんか? 

「♫ ぬきあし… 」

ほら、あの旋律ですよ。

「♫ ぬきあし さしあし しのびあし……」

ねっ、聞こえたでしょう。そう、何とも愉快なあの拍子が。 

「♫ ぬきあし、さしあし しのびあし どろぼうがっこうの えんそくだ
 それ! ぬきあし さしあし しのびあし……」

 この一節を耳にしただけで、ぼくはもう何だかワクワクしてきます。野外を好き勝手に飛び回っていた、幼いあの頃に戻れるような気がして。

 ぼくにとって、かこさとしさんの作品は絵本の原風景です。かこさんは本当にたくさんの作品を生み出されていますが、その中でも『どろぼう がっこう』は格別にお気に入りの一冊でした。出会ったのはもう40年以上も前のこと。

 幼い頃は、通っていた園から帰ってくるとすぐにまた家を飛び出して裏の公園へ。そして、そこに何となく集まってきているいろんな年齢の子たちと混じり合って、鬼ごっこや十字路、宝とり。ある日は収穫前の梅の実を採ったり、勝手に持ち出したダンボールで秘密基地をつくって怒られたり。とにかくあそびとイタズラが中心の毎日でした。そんなやんちゃ坊主を虜にした絵本が、かこさんの『どろぼう がっこう』です。

 当時通っていた保育園に大きな本棚があって、絵本や紙芝居がいくつも並んでいました。ダルマストーブの上には大きなヤカンが乗っかり、 その口から白い蒸気がもくもくと吐き出されている。そんな光景がボンヤリと浮かんできます。そうした寒さ厳しい冬の日に先生が読み聞かせてくれたのが、この『どうろぼう がっこう』。

「おいのこもり」に住む「きんと ぎんの めをした へんな みみずく」が語る「おかしな へんな おはなし」の魅力にすっかり吸い寄せられたぼくは、先生が読み終えた後に「もう一回読んで。もう一回!」と何度もせがんでいました。読み聞かせで「リクエストは?」と聞かれると、その都度迷うことなく「どろぼう がっこう!」と答えていたのを覚えています。



 それにしても、やんちゃなイタズラ坊主が惹きつけられ、夢中になったのは一体何だったのでしょうか。

 力強く、とてもインパクトのある絵。リズムのある踊るような文体。独特のユーモアと世界観。そして何よりその世界の中を所狭しと動き、語る、生き生きと描き出された登場人物たち。お話の舞台は学校です。学校は学校でも、「どろぼう」の「がっこう」。イタズラ坊主は、何だか怪しくてちょっぴり危険そうな物語に惹きつけられたのかもしれません。

 そして大人になったぼくは、かこさんの絵本づくりに込められた、子どもたちへの願いに最も惹かれています。『未来のだるまちゃんへ』という本の中で、かこさんは次のように書いています。

「子どもは、生きるエネルギーを日々、空費したり、乱費したり、浪費したりしながら、成長していく。あまりにもとりとめなく、行き当たりばったりで、まったく非効率的に見えるかも知れない。
 ですが、その野放図で自由で、とりとめがないことこそが実は肝心で、自分で間違えたり、失敗したりして、行きつ戻りつしながら、ぐんぐん伸びていく時にしかわからないことがある。
 それを大人が頭ごなしに抑えつけてしまったら、子どもは息苦しくて、伸びるべき時に十分に伸びることができなくなってしまうでしょう。大人が思う『いい子』の型にはめようとすると、とりこぼしてしまうものがあるのです。
 僕は、そういうことを現実の子どもたちに教わりました。
彼らと出会わなかったら、僕は絵本作家になっていなかったと思います。」(『未来のだるまちゃんへ』p31より)

 以前の自分に重ねて振り返ってみると、「〇〇を教えないといけない 」「△△を身につけさせないと 」という頑なな思いに駆られてしまうことの何と多かったことか。でも、その時々で出会った子どもたちのしなやかな存在が、硬直化した気持ちを柔らかくしてくれました。今改めて、子どもたちに育てられてきたなあと感じています。そして、ガチガチになりそうな心を解きほぐしていってくれたのが、かこさんの絵本でした。 学校での読み聞かせの時間に『どろぼう がっこう』を何度も取り上げました。そうすることで、自分の中の幼心を取り戻そうとしていたのかもしれません。

 かこさんは、敗戦を体験しての自己否定から、残りの人生を子どもたちの絵本に注ぎました。かこさんの絵本の原点は子ども会での紙芝居にあります。実際の子どもとの活動の中からヒントを得て、温かみのある作品が多数生まれ、『どろぼう がっこう』もその一つです。

 軽井沢風越学園でぼくが生み出していきたいと考えている学びも、かこさんの作品に通ずるところがあります。

 子どもたちの無垢な感受性を、決まった枠の中に無理やり落とし込むようなことはせず、豊かなあそびを土台としながら、子どもたちの無限の創造性や溢れ出るエネルギーをユーモアやあそび心で包み込んでいけるような、かこさんの絵本のような学びをつくってみたい。

 これからを生きる子どもたちのために、子どもたちとの直接の関わりを通して、 面白い絵本をつくりだそうとしていったかこさん。絵本づくりのために、まず自分が子どもたちに弟子入りすることから始めたとも語っています。ぼくも新しい学校のつくり手の一人として、おこがましくもかこさんに見習って、まずは感性豊かなあそびの天才である子どもたちに、弟子入りすることから始めようと思っています。

 そんなことを考えていたら、あれっ、また、聞こえてきましたよ。

「♫ ぬきあし さしあし しのびあし…」

ほらっ、クスッと笑えるあの節回しが。

 

<参考・引用文献>

かこさとし『加古里子 絵本への道』福音館書店, 1999

かこさとし『未来のだるまちゃんへ』文春文庫, 2016

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かぜのーと編集部です。軽井沢風越学園のプロセスを多面的にお届けしたいと思っています。辰巳、三輪が担当。

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