スタッフインタビュー 2017年11月13日

関わりを促進する触媒のような存在へ(寺中祥吾)

かぜのーと編集部
投稿者 | かぜのーと編集部

2017年11月13日

寺中祥吾、通称 アンディ。流通経済大学スポーツ健康科学部スポーツコミュニケーション学科 助教。前職の株式会社プロジェクトアドベンチャージャパン在職中に、岩瀬や甲斐崎らの著作「プロジェクトアドベンチャーでつくるとっても楽しいクラス(2013年 学事出版)」に参画、岩瀬と「せんせいのつくり方 “これでいいのかな”と考えはじめた“わたし”へ(2014年 旬報社)」を共著。軽井沢風越学園の設立準備に関わっている。

プロジェクトアドベンチャーという道具

ーこれまでと今の仕事について、教えてください。

高校の時に先生になりたくて教育学部に進学しましたが、大学外でおもしろい人たちにたくさん出会い、先生以外の選択肢を考え始めました。近くにあった自然体験施設で、プロジェクトアドベンチャージャパン(以下、PAJ)のスタッフと縁があり、野外教育を学ぶために大学院に進学後、PAJの研修に参加し、非常勤で仕事をするうちに、PAJに就職することになりました。

今年の2017年4月からは、流通経済大学に新しくできた学科で学生たちと過ごしています。PAJで7年やってきて、”プロジェクトアドベンチャー”という道具を手放して、もう一度自分をつくりなおそうと考えていたタイミングと、大学から声をかけてもらった機会が重なって、思い切って転職しました。

プロジェクトアドベンチャー(以下、PA)の枠組みの中では、この日数をこういうテーマで、こんな成果を出してくださいって頼まれたら、それなりにできちゃう。でも、PAという枠の中でものを考えることから、一度離れてみたいなと思うようになりました。

たとえばチームビルディングをするとして、PAってよくできているから80点の成果は出る。でももしかしたらPAの枠組みを離れて違うことをしてみたら、もっと丁寧に1200点が出るようなことができるかもしれない。もちろん、場合によっては20点しか出ないこともあって、だからこそPAは意味があるんだけど。

自分にとっては、PAはあくまで拡声器や変声器のような道具で、自分のスペシャリティみたいなものが、あんまりないなぁと思ってるんです。自分自身の言葉をもっと鍛えるために、新しい場所でチャレンジしてみたくてPAJから大学に転職しました。

ー「自分自身の言葉を鍛える」、とは?

一言で言うと、もっとおもろい人になる。へんてこな大人に憧れます。言葉だけじゃなく、ふるまいとかも含めて、もっとつきぬけたいなー!という気持ちです。PAJにいた時には、PAという道具を離れた自分に何ができるか?という問題意識があったけど、どこで仕事をしているか、道具を使うか使わないかは、あんまり関係ない気もしています。道具を使おうが使わまいが、おもしろい人はおもしろい。

今の大学の仕事でも、PA的なことはいっぱいやってるけど、頭の中の考える順番が変わりました。PAは一番得意だから、PAがその場に一番適していると思えば使うけど、そうじゃない方法を他の先生や学生と一緒に一生懸命考える頻度は増えました。

見えている一面だけで他者を決めつけない

ー様々な場でファシリテーションするうえで、どんなことを大事にしていますか?

大事にしてることは、決めつけないということ。今、見ているその人は、絶対全部じゃない。自分自身の体験的にも、この人がこんなことするんだ、とか、なんで今こんなこと言ったの?って思うときに、自分の中でも一番心が動かされる。この人はこういう人だって思うけど、でもそれはいずれ変わるかもしれない。最初は、ほんと苦手だなと思う人がいても、たとえば一週間一緒に時間を過ごしていると、最後はなんというか、親しみがわく。その人の特性は、全然変わってないのに。そういうふうにずっと決めつけないで見ていたい。

自分に対しても、そういうところがあって。大学まで長崎にいたから、必ず自分のことを知ってる人がいるっていう世界で生きてきて。大学院に進学して初めて、ぼくのことを全然知らない人たちがいるんだ、ってことにびっくりした。だから、今までと同じような自分でいるつもりでも、そんなふうに見えるんだ、誤解だよ、みたいなこともあって。人の見え方って不思議だなって思うし、色んな人に色んな見られ方をする。昔はそれが不安で、いつでもどこにいても自分だ!、みたいな突き抜け感のある人になりたいなと思っていました。でもある時は、守ってそうしてるのかもしれないし、ある時はその場やその人との関係性の中で特性が出てるんだろうし。自分でもわかんないけど、そういうもんなんだろうな、だから他の人もそうなんだろうなと思って、ある一面だけを切り取って決めつけたくはないなぁ。

ー軽井沢風越学園と関わるようになったきっかけを教えて下さい。

PAJにいる時にゴリ(岩瀬)と本を一緒につくったのが縁で、定期的に近況交換をしていて。2014年の終わり頃かな、ゴリが東京学芸大学の教職大学院で教員をするかどうか迷っている、という話を聞きました。印象的だったのは、「これまで実践でものを語ってきたから、実践を離れると3年でものが語れなくなるんじゃないかという不安がある」、というゴリの言葉です。同時に、いつか学校を創ることに関わりたいと話していたことを覚えています。

そのあと去年の夏頃、ゴリとKAI(甲斐崎)にPAJを辞めて大学で働くことにしたことを報告したタイミングが、ちょうどゴリがしんさん(本城)と学校づくりの件で初めて会う数日前でした。お互いに人生動き出したなぁって話をしたのが、一番最初です。

そこからの進捗はたまに聞いていて、でもぼく自身も新しい仕事に移るのにバタバタして。年度があけた今年の5月頃にゴリと食事をして、改めて軽井沢風越学園のことを聞きました。ゴリから、「アンディも関わってくれるといいなと思ってたんだけど、ちょうどいいタイミングで大学の仕事も始まったからがんばってね」と言われて。思わず、なんか関われることがあるんだったらやりたい、と答えました。そうして、これまではおもに採用合宿とサマースクールの企画・運営に関わってきました。

一人ひとりのリーダーシップを刺激する

ー関わってみて、どんなことを思っていますか?

ぼくがもうちょっと、おもんばからずにバーンとなったら(笑)、色んな動機やスペシャリティを持って集まったみんなが刺激し合う触媒みたいな存在になれるんじゃないか、と思っています。そうなりたいな、というか。ぼくの性質としては、バランスをとろうとする性質が大きくて、それがいいようにはたらく時もあるけれど、バランスをとろうとすることで薄まっちゃうことがもある。言いにくいことをちゃんと場に出すという性質を大事にしていきたいなぁ。

サマースクールではまだ遠慮もあって、自分がつくりたい場をメンバーとすり合わせながら自分で動いてつくることができなかったんだけど、みんなが自分でリーダーシップとっちゃって起こる混乱は、ある意味健全だなと思う。コミュニケーションが足りなかったという話もあったけど、コミュニケーション量を問題にするといつまでも解決しないから、やっぱり一人ひとりのリーダーシップが大事だなと思います。

ーこれから、どんなふうに軽井沢風越学園と関わってみたいですか?

保健体育のカリキュラムについて、一緒に考えてみたいです。PAも野外教育も、環境と身体と心・精神が、すごく重なった状態で体験がある。保健体育を身体に寄せてもう少し要素分解していくと、たとえば自転車に乗る、けん玉をするなど道具との関係も体育的に捉えられます。

こないだ参加させてもらった国語のカリキュラムミーティングで、毛筆の書道の授業はどうするかという議論があって。それを聞いて、毛筆の書道を体育的に見ることもできるなと思いました。あと、たとえば太鼓は自分の身体の動きが、音になってフィードバックされる。野球であれば、自分の身体の軌道が弾道になる。他者との関係もすごく体育的だし、自分の身体との関係を通じて何かができるようになるということは、やっぱり自信になると思うんです。いくつになってもできること。小さな”できる”体験をいっぱい積み重ねられるのは、身体が一番。身体を通して世界を見る体育を考えるときに、これまでPAに関わってきたことは何か活きるかもしれないなと思っています。

(2017/10/2 インタビュー実施)

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かぜのーと編集部です。軽井沢風越学園のプロセスを多面的にお届けしたいと思っています。辰巳、三輪が担当。

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