この地とつながる 2020年2月4日

「寒の水」

井上 太智
投稿者 | 井上 太智

2020年2月4日

夕刻5時。

僕たちは御代田町草越公民館に集合した。

広場には大きなたき火が用意され、寒の水と書かれた桶には水が貼られている。

「おっす」「おつかれぇ」「今年もきましたね」

そんな挨拶がそれぞれ交わされる。

大勢の人でごった返すわけでもなく、無料で配られるおにかけうどんに少し列ができるくらいだ。ローカル感満載の盛り上がりがなんともいえない。

「今日の水は冷たそうだな。」と男たちが笑いながら話している。

僕も少し興奮していた。胸が騒ぐ感じは久しぶりだ。

今日は、「寒の水」

御代田町に古くから伝わる、1年でもっとも寒いといわれる大寒の夜に行われる伝統行事だ。簡単にいうと、ふんどし姿で水を浴び、無病息災、五穀豊穣を祈願するお祭りである。

よく考えてみると、水を浴びるということと祈願することは直接は結びつかないが、そこまでしようという昔の人の農作物に対する切実な思いを感じ取ることができる。ただ、大きな桶にためられた水をみるとやっぱり寒そうだ。

とりあえず桶の前で集合写真をパチリ。

まだまだ余裕。

左から加賀谷さん、よっしー、しんさん、さんだー、そして僕。写真を撮ってくれているのは祥子さん。加賀谷さんと祥子さんはしんさんのお友達だ。

今年で4回目、5回目になる先輩たちは身体のたるみを話題にしながら1年の歳月を振り返っている。「そろそろ、行きますか。」しんさんの合図で公民館へ移動する。

中に入ると「ご苦労様です。」「がんばって。」と係の方々に声をかけて頂く。

受付で「ふんどし」その他を受け取り、座敷へ腰を下ろした。

小さなやかんに入った日本酒と振る舞われる粕汁を飲み、身体をあたためる。

区長の挨拶、集合時間を告げられ、僕たちはふんどしを巻いた。

あれ、やばい。僕はすでに酔っぱらっている。共に初参加のさんだーも大丈夫か?

未知の体験は、知らないからこそ怖くもあり、楽しみでもある。

想像力がかき立てられ、たくさんの感覚をくれる。

 

さぁいよいよ開始時刻。

出口前に集合し、先頭を陣取るのは我らがよっしー。

「まだまだ!落ち着いて。」と声をかけられる。

開始時刻まであと三分。筋肉自慢をする人、大声を出す人、やたら握手してくる人、色々いる。気持ちの高まりは十分だ。

 

「じゅう!きゅう!はちっ!ななっ!…さん!にぃ!いち!うぉっー!」

 

「うわ、さむっ、さむっ」とつぶやきながら最初の水を目指す。

迷いなく桶を手にとり、肩からいっきにかける。

 

(お!冷たくない!)

 

これはいける。確実に行ける。アドレナリンがガバガバでている。だって本当に寒くない。

僕は水を浴びながら、風を切りながら、たくさんのフラッシュをあびながら走った。

よっしーからもらったアドバイス通り先頭集団をキープする。神社のお参りで列になると猛烈に寒いらしいのだ。

六ヶ所に用意された水を巡る。それぞれのところで「こっちを向いて」と声をかけられる。

「よいっしょー!」水をひとかぶり、ふたかぶりする。時にサービス精神でもうひとかぶりする。すべてのたらいで水を浴び、熊野神社にたどり着いた。

兎巾(町でとれた藁をつかって編んだかぶり物)の奉納だ。鈴をならし、お参りをする。

「ハァ、ハァ、、」はく息が頭の中で響く。

興奮していて「二礼、二拍手、一礼」は多分間違えていた。

今日くらいはそれも許してくれるだろう。

 

焚き火の前へもどり、身体を温める。ふんどしがカラカラに乾くまでたき火にあたらないと風邪をひくらしい。その頃、しんさんたちは最後のパフォーマンス中だった。

来年はこれくらい楽しむ余裕が欲しいねと先頭で走り抜けたさんだーと振り返った。

焚き火にはわらが次々とくべられる。普段ならやけどをしそうなくらい火が近い。水をかぶっていた時よりも、火にあたっている今が一番寒いのが不思議だ。知らない人とも握手をしたり、写真を撮ったりする。ほんの数十分前まで赤の他人だったのに、今では「寒の水」をかぶった同士だ。

 

移住をしてもうすぐ1年がたつ。
東京とは違う景色、気候を身体では感じていた。
ただ、心がこうして実感することはあまりなかったように思う。
こうやって少しずつ町に馴染んでいくのだろうか。

 

また来年、みんなでこよう。
2020年、はじまりの年。

#2019

井上 太智

投稿者井上 太智

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