だんだん風越 2020年8月25日

風越づくりミーティングとは、どんな場だったか

かぜのーと編集部
投稿者 | かぜのーと編集部

2020年8月25日

今年の入園・入学説明会は「風越づくりミーティング」として、8月4日・6日・8日の3日間、全6回開催し、約670家庭のみなさんにご参加いただきました。
本来であれば、校舎での開催を予定していましたが、新型コロナウイルスの感染拡大防止のため、今年度はオンラインでの実施となりました。校舎でお迎えしたかったので、とても残念な気持ちはありつつ、オンラインでもやりようがあるなと手応えが得られました。以下、当日の様子をご紹介します。

各回の冒頭は、本城と岩瀬が話をしました。その一部を動画でお届けします。

残りの約1時間30分は6グループに分かれて、スタッフとのグループセッションを行いました。グループセッションの前半は、「宿題って、どう思う?」というテーマで参加者のみなさん交えて、やりとりをしました。岩瀬からは、次のような投げかけがありました。

そもそも「学ぶ」とは、どういうことなのでしょうか?「宿題」について考えることから、学ぶとはどういうことか、改めて考えてみたいと思いました。
「宿題」は、誰のために・何のためにあるのでしょうか。在校生の保護者からも、宿題がないと家庭で勉強しないという声がある一方、宿題がなくなって親子関係が改善したという声もあります。スタッフの中でも、意見は多様です。では、子どもたちはどう考えているのか。宿題について話をする子どもたちの動画をご覧ください。

そして以下の問いを、やりとりの始まりとして提案しました。

グループによって、実際のやりとりや進め方の違いはありましたが、その様子の一部を以下にご紹介します。みなさんもぜひ、考えてみてください。


岡部(こぐま):まず、この場での宿題の定義について共有します。宿題は、「学校側で出す、家庭で学習する課題」として考えてみてください。
僕の息子は7年生で風越にいるんですが、夏休みの宿題が出ていないので家では好きなことしかやってないですね。将棋したり、本を読んだり。僕自身は、子どもの頃にやった宿題って、ほとんど記憶に残ってない。自分で決めて追求したことは記憶に残ってるんだけど。

甲斐崎(KAI):僕らスタッフの中でも、何を学びと捉えるかの考え方が多様なんですよね。将棋を学びと捉えるか、遊びと捉えるかで分かれるように。
僕が東京の小学校で教えていた時には、授業でやり残した内容は宿題として絶対に出すまいと思ってました。「自学」というやり方で、自分のやりたい課題とやらなきゃいけない課題を子どもが自分で決めてやってましたね。やりたい子はどんどん楽しくやっていて、やらない子は、やらなかったです。
さっきの映像で一番気になるのは、宿題をほしいという子どもがいるってことですよね。その理由もおもしろくて、自分では絶対やらないからとか、簡単だから、やる気になるとか、ないとペースが落ちるみたいな意見もありましたよね。子どもって、けっこうシビアに自分を見ている。一方で、必要じゃないっていう子どもの意見が少なくて、それがなんか悪い感じがして言えないんだろうなっていう気もします。

曳田(ひっきー):私が担当する後期(3〜7年)の子どもたちは、前の学校の経験があるからなのか、夏休みの宿題は出さないって聞くと、算数のここまでやったところのふりかえりを夏休みにやりたいから問題がほしいと言いにくる子がいました。あとは、保護者からtyphoonを通じて、自分で時間を見つけて、考えた課題をやっていていい感じです、という連絡をもらったり。年齢が上になるにつれて、見通しを持って学習しといたほうがいいかなと動くことがあって、それが不安からきてる場合も多いんだけど、自分事として捉えて宿題に取り組む姿が今の風越の子たちにはあるなと思っています。

井手(ゆっけ):私も息子が7年生で風越に通っていて、小学校にいた時と比べて何を学んでいるかは、わからなくなりました。気がつけばChromebookを見て、何やってるんだろうなーとは思うけど、宿題に追われなくなったから、好きなことを追求できるようになって。釣りのルアーづくりや、読書など、今までは家でやりたいけどやれなかったことに没頭しています。不安になったりはしないけど、勉強がどうなってるかは、わかりません(笑)。
彼の弟たちが低学年の時とかは、学校での学びが定着してなかったから、家でフォローしたりしました。わかったほうが楽しいだろうなと思うし、わかりそうと思って授業に参加するのと、全然わかんないと思って教室にいるのとだと、本人の居心地は全然違うだろうなと思って。家で自信がつくと、学校でも頑張ろうとやってることもあり、我が子の宿題を通して、彼らがどんなことを学んでいるかは感じていました。今はもう、やらないのも自分の責任、ポリシーがあってやっていかないなら、それでどうぞって言ってます。

根岸(ぽん):セルフビルドの時間で、プロジェクトや学びをどんどん進めている子は、その続きを家でもやるイメージを持っていて、夏休み中も、プロジェクトの続きをする、算数はキュビナでやる、という子たちはいましたね。一方で、自分で計画を立てるのが難しくて相談に乗ってくれない?という子もいて、一緒にその子がワクワクできる何かの種を探したり、こんなことをやってみるといいかもね、という話はしました。夏休み前まで、どんなふうに学校で過ごしていたかが、夏休みの過ごし方に現れる気がしますね。

奥野(ちか):1,2年生も後期と同じように宿題は設定していないけれど、たとえば土台の学びの中の「作家の時間」でお話を書き始め、学校では終わらなかったけどもっと書きたい、みたいな子たちは、帰ってから家で続きを書いたりしています。算数が好きな子は、テキストを持って帰って続きをしてきたりとか。学校と家庭で遊びや学びが続いていくのはいいなって思うし、家でこんなことをやっていましたという様子をtyphoonで聞かせてもらうと、学校での姿につながって嬉しいです。

参加していたみなさんからのコメントも、いくつかご紹介します。

参加保護者)学習の習慣をつける意味では宿題って大事だと思うが、子どもにとっては自分にぴったりではない一律の宿題は、つまらないようだ。学習の楽しさや学びの種が見つけられるような内容を家庭と学校で一緒に考えることができればいいのでは。

参加保護者)あったほうがいい、ないほうがいいの二項対立というよりは、基礎的な学力をつける意味で、低学年のうちはペースを掴むためにあってもいいのでは。高学年になれば慣れてきて、その子自身が勉強し始めることもできるだろうので、徐々に減らしていくのもいいのではないか。

参加保護者)息子は小学1年生で、宿題なければ、好きに過ごせるから嬉しいと言っている。宿題はわかることを何度も復習しないといけないから、いやだそう。先生が決めたものをみんなに課すのであれば、あまり意味がないんじゃないか。子どもがやりたいことや知りたいことを自分で設定して、家でやり、それを学校と共有するのであれば、いいんじゃないかなと。

参加保護者)宿題はある意味で、保護者と学校のコミュニケーションツールなんだろう。宿題を通じて、いま子どもはこういうことにワクワクしてるんだと、学校と家庭がやりとりできればいいんじゃないか。うちの娘は、学校からの宿題を作り直して、親である僕らに宿題を出すんです。娘が親に教えることで、定着していることを感じます。親にとっては、学校でやっていたことが、こんなことやってるんだとわかるのが嬉しい。学校が子どもに宿題を出すんじゃなくて、子どもが親に宿題を出してくれてシェアしてくれれば、親としては面白いかなと思います。


いかがでしたか。宿題って何のためにあるのか、学力とは何を指すのか、スタッフでもよく話題になります。学ぶって、どういうことなんだろうということは、子どもたちも含めて考え続けていきたいです。

「宿題って、どう思う?」の時間のあとは、各グループを担当するスタッフが関わる子どもたちのエピソードや学び・遊びの様子をシェアしました。こちらも進め方含め、担当のスタッフの色が出た時間になりました。
子どもたちと関わる中で、ハッと気づいたこと、わくわくしたこと、迷っていることや課題に感じていることなどを、なるべく率直にお伝えしました。
参加者からの事後アンケートを眺めながら、来年はどんな場になるといいかなと考えを巡らせています。

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かぜのーと編集部です。軽井沢風越学園設立準備のプロセスを多面的にお届けしたいと思っています。辰巳、三輪が担当。

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