だんだん風越 2021年9月17日

選ばなかったチャレンジ

甲斐崎 博史
投稿者 | 甲斐崎 博史

2021年9月17日

“It is the sin of the soul to force young people into opinions – indoctrination is of the devil – but it is culpable neglect not to impel young people into experiences. “

「大人が子どもたちに考え方を強いるのは間違っている。しかし、経験を強いるのは義務である」

「Outward Bound」 の創始者 Kurt Hahn(クルト・ハーン)の言葉

風越学園は、子どもたちの「〜したい」からはじまる探究や学習、活動を大切にしています。日々、プロジェクト、かざこしミーティングなどで子どもたちの「〜したい」があふれ出しています。

しかし、「〜したい」と同時に、「〜したくない」も認められるわけで、「それはしたくないからやらない」という選択も尊重されます。まあでも、学校の中の教育活動すべてが「〜したい」がスタートで行われているわけではないのですが、課題や時間、活動単位(活動する仲間)を自分で決めるような授業や活動の時には、「これをしたいからやる」と同時に「それはしたくないからやらない」も子どもたちの心の中には起こっているということになります。嫌いなことや苦手なこと、辛そうだなぁと思われることは、避けることができるし、逃げることができます。「わたしをつくる」プロジェクトで、「私は算数が苦手だから辛いけど取り組みたい」という痛々しげなテーマを設定する子は非常に稀です。やりたいことができるのに、あえてやりたくないことをテーマに設定する子がいないのは当然といえば当然であり、そこで「やってみたら?」と勧めるのはとっても野暮なことです。「言ってることが違う!」と逆に突っ込まれることでしょう。

でも、これはなかなかにスタッフ泣かせな問題なんです。「〜したくない」からやらないでいたら、いつまでたってもスタッフが「やってほしいなぁ」と思うことにはたどりつきません。「わたしをつくる」の「マイプロジェクト」や「自学探究」ではこうしたことが起こります。工作好きな子はずっと何か作っていますし、生き物好きな子はずっと観察しています。土台の学びは必修で、「したくない」といっても選択の余地はありません。でも、作家の時間も読書家の時間も、何を書くか、何を読むかは子どもの「〜したい」が大切にされています。同じく算数・数学も自分でテキストを選び、進め方も自分で決めています。(風越学園すごいなぁ)「こういうジャンルも書いてほしい、 読んでほしい」と思って勧めても、「いや私はこれをやりたい」と言われればそれを尊重します。

日常の場面でも、学校づくりに興味関心が高い子はかざこしミーティングに積極的に参加したり、自主的にプロジェクトを立ち上げて活動に精を出したりしますが、興味がない子は知らず知らずのうちに遠ざかっていきます。なるべくたくさんの子どもたちにつくり手として関わってほしいと思っていても、「いやいや、無理にやらせてもなぁ…」という逡巡がスタッフにはつきまといます。

えらく前置きが長くなってしまいましたが、私がここで書きたいのは、実はアドベンチャーの話なんです。今年度からアドベンチャーカリキュラムを教育課程の中に編成し、数々のウィルダネス (*1)のアドベンチャープログラムを実施している理由の一つが、ここまで書いてきた子どもたちの実態をなんとかしたいという思いがあったからなのです。

今年度、アクティビティベースのアドベンチャープログラムは、全部で9種類予定されています。9種類のうち、2つは必修です。そして残りの7つがウィルダネスのプログラムになります。その7つは、登山(春・秋)、ロッククライミング(夏・秋)、キャンプ&沢登り、カヌー 、スノーシューハイクです。子どもたちはこの中から3つを選択しています。

アドベンチャープログラムは、教育課程上に編成された授業です。教科は体育科になります。ですから、この選択の時点では、「やりたくない」という選択はできません。「算数やりたくないからやりません」と言えないことと同じことです。(言えるけど。笑)たぶん、「アドベンチャーなんかやりたくない」という子どももいるでしょう。でも、私たちスタッフは、これは子どもたちには絶対必要だと思うし、ぜひ数多くのウィルダネスのプログラムを体験してほしいと思っています。これから、なぜそう考えるのか、アドベンチャーを通して何を子どもたちに伝えたいのかを書いていきたいと思います。

ウィルダネスのアドベンチャープログラムには、逃げ場がありません。一歩踏み出せば、もうそこから先は何が起ころうと、避けることも逃げることもできません。無かったことにすることも。

山に登って疲れ果ててもう動けないと思っても、途中で大雨が降り出しずぶ濡れになって寒さでガタガタ震えても、濃い霧に包まれ前を行く仲間の背中が見えなくなりそうで不安と恐怖にかられても、「もうやめたい」と思ってもやめることはできません。なんとかこの状況を打開しなくては無事に帰れないからです。

岩にへばりついて手も足も1ミリも動かせなくなっても、滝に登ってあまりの激しい水流に気が萎えそうになっても、「もうやりたくない」と思ってもやめることはできません。やめたら落ちるだけです。(実際はビレイ(*2)しているので落ちませんが)なんとか自分の力でこの状況を克服しなくてはいけません。

ウィルダネスのアドベンチャープログラムには、「自分が選ばなかったチャレンジ」があります。それは予期せぬものです。「向こうからやってくるチャレンジ」といってもいいでしょう。それに対して逃げることも避けることもできない状況の中で、なんとかして自分の力だけで、状況によっては仲間と力を合わせてそれを克服していかなければなりません。状況把握、洞察、状況判断、決断、危機回避、自己開示、意思表明、協同、相互扶助、自己選択、自己決定…あらゆるタスクに対して、自分が今もっている力を総動員させて立ち向かいます。仲間たちとのあいだで対立や葛藤も起こるかもしれません。それは自分の中にも。それも乗り越えなくてはなりません。

プログラムを選択した時点では「◯◯したい」から選んでいる子どもがほとんどです。(中には仕方なく選んでいる子もいるとはい思いますが…)でも、そのプログラムの最中には、上記のような「予期せぬ困難」が立ちはだかります。日常ではない、ウィルダネスという非日常の世界ですから、これまでの経験知がほとんど通用しません。いやでもいろいろ考えたり、あれこれ試したりすることになります。当然失敗も起こります。そこから学ぶことも多いでしょう。これらは、「やりたくない」が認められている場では起こり得ないことなのです。体験してみてはじめてわかることです。

では、実際に体験した子どもの様子から、話をさらに進めていきたいと思います。5〜8年のロックライミングの動画がHPのかぜシネマにアップされました。

子どもたちのチャレンジをぜひご覧ください。何度落っこちてもチャンレンジを諦めない子、自分を奮い立たせながら登る子、自分の力に新たに気付いた子、降りてきてホッとした表情を見せる子、チャレンジ後に黙々とアドベンチャー ノートに振り返りを書き込む子…どの姿も私にはまぶしく見えてしまいます。

この動画の後半に、ひとりの女の子がチャレンジしている場面があります。この子はカノ、6年生です。とても前向きで、元気な明るい子です。

この子をビレイしていたのは私です。実は彼女は、1本目を途中でリタイアしています。この2本目を登る前、カノはいつもの明るい感じではなく、落ち着いてはいるけど不安と緊張がないまぜになったような表情をしていました。スタート前に一言二言勇気付け、送り出します。

最初のとっかかりのところでかなり時間を使います。(×印の岩のあるところ)この時の彼女の「うーん」とか「あー」などのつぶやきからやはり不安が伺えます。「やってみようよ」の言葉掛けに、「えーっ」と返すあたり、かなり「無理だよ〜」という思いもあったかもしれません。なかなか動き出さない彼女に、私は盛んに「動いて、動いて!」「あがいて、あがいて!」と声をかけていました。落ちてもいいからとりあえずやってみようとも。手や足の位置もアドバイスしています。ロープもちょっと余計に引っ張り上げている時もありました。言葉掛けやアドバイス、ビレイのテンション(ロープの緊張)の加減はなかなか難しいところですが、私は彼女に「諦めてほしくない」という気持ちでいっぱいでした。半分を超えたあたりでは、下のほうからは私の声だけでなく、たくさんのスタッフや子どもたちの声もカノのところに届いていました。彼女のがんばりに皆が注目し始めます。

ゴール近くになって、「私の手、震えてるわ。何にもしなくても」という言葉が聞こえてきました。すでに体のほうは限界に近かったかもしれません。そしてついにゴール!登り切りました。

「諦めなくてよかった」

降りてきた時、真っ先に出てきた言葉がこの言葉でした。スタッフ間では、チャレンジが20分を過ぎても登り切れていない子には、「20分たったけど、どうしたい?」と聞くことを取り決めていました。でも私はあえてカノには聞きませんでした。聞くと、たぶん彼女は迷い、「ここまでがんばったからまあいいか」と妥協して諦めてしまうのではないかと思ったからです。「言いそうになったけど、こっからどうしようかなぁと考えてた」とは、やはり彼女の中で葛藤が起きていたようです。諦めそうになる自分と、これからどうするかと前を向いている自分がいたんですね。ここで諦めへの呼び水になるようなことを言わなくてよかったなとほんと思いました。

外部スタッフのしむけん(*3)が、「有言実行じゃん、『2本目やるよ!』と言ったの」と声をかけています。私は知りませんでしたが、カノはやる前に相当の決意をもって挑んできていたんですね。1本目をリタイアした時、彼女の中でどういう感情が起こっていたんでしょう。たぶんネガティブだったその感情を、どうやって2本目に向かわせるためにポジティブに切り替えたんでしょう。

アドベンチャープログラムには、このような感情の揺れがたくさん起こります。ウィルダネスならそれは時に自分では制御不能のような状態になる場合もあります。「予期せぬ困難へのチャレンジ」には、自分の全五感が激しく刺激されます。それは今まで予想もしなかったものですから、感情も激しく揺れ動きます。そして子どもたちはその感情に向き合わなくてなりません。逃げ場はありません。自分でコントロールするしかありません。机上の学びとはここが大きく違うところです。

と同時に、達成感はとても大きいものがあります。予期せぬ困難を乗り越えたという実感は、あらかじめ用意された困難を乗り越える実感とはわけが違います。高い満足感、高揚感も生み出します。そして、次へのチャレンジへと向かう力も大きなものになります。カノの達成感はどれくらいだったのでしょう。

負荷には個人差があります。同じことをやっていても、人によってかかる負荷はまったく変わってきます。そこの見取りがスタッフの役目になります。身体的・精神的にその負荷に耐えられないと思われたら、すばやく介入して安全を確保する必要があります。でも、ギリギリまで子どもたちにはチャレンジを続けてほしい。冒頭に紹介した「経験を強いるのは義務である」という言葉はかなりきつい言い方に思えるかもしれませんが、体験したからこそわかることがたくさんあります。自分の新たな力に気付くこと、自分の強みを再確認し前に進む力とすること、自分の弱みに素直に向き合いそんな自分もOKと思えること、仲間の力に気付きそんな仲間を大切にすること、自分も大切にされていること、そんなこんな全部ひっくるめて自分を愛すこと、アドベンチャーを通して子どもたちに伝えたいことはこんなことです。

カノの動画は7分30秒くらいの尺ですが、実際彼女は45分間ほども岩と格闘していたのです。その間、彼女は何回「もう諦めよう」と思ったでしょうか。何回「いや大丈夫、いける」と思ったでしょうか。どんな自問自答を繰り返していたのでしょうか。そして、彼女はアドベンチャーノートに何を書き残したのでしょう。彼女には聞きたいことがたくさんあります。今度聞いてみたいなぁと思います。(ノートは見せてくれないと思うけど…)

 

PS:今回はガチな感じのウィルダネスのアドベンチャープログラムについての記事でしたが、次回は、ウィルダネスのアドベンチャープログラムのもうひとつの魅力(未知のものとの出会い)についても子どもたちの様子を通してお伝えしたいと思います。

 

*1 ウィルダネス:地形的・環境的に人の手が及んでいない自然
*2 ビレイ:クライマーの安全を、岩場下でロープと専用の器具を使って確保すること。
*3 しむけん:志村誠治さんのニックネーム。しむけんは、日本アウトワードバウンド協会(OBJ)の方です。ロッククライミングのプログラムはOBJと連携して企画しています。
OBJのHP: https://obs-japan.org/

 

 

#2021 #アドベンチャー #後期

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