風越のいま 2020年1月18日

2020年度に向けて、学ぶ日々

澤田 英輔
投稿者 | 澤田 英輔

2020年1月18日

標高1000Mの林道を背にした軽井沢西部小学校。

車を降りてからの短い間にすっかり冷たくなった耳を押さえて、入り口から広い木造りの廊下に入ると、僕を知らないはずの一年生が、ごく自然に話しかけてくる。最初は面食らった朝のやり取りにも、すっかり慣れてきました。週1回、この学校に通っています。主には、風越学園スタッフの片岡が担任をする4年生の教室に来ていますが、ときおり、他の先生の授業を見学させていただくことも。そのおかげで、中高教員だった僕にも、小学校がどんな場所なのか、ようやく少しずつわかってきました。

教科担当制の中高と違って、一人の先生がほぼ全ての授業を教える小学校の教室。そこでは、国語も、算数も、授業外の活動も、全てがみんなで生活を営むことにつながります。例えば片岡のクラスでは、算数の授業でも、自分で計画を立てて進めることや、クラスメートと協力して問題を解決することを学びます。授業の終わりには、片岡が学び合いの様子を撮影したビデオを見せながら、子ども同士の関わり合いについて振り返りを促します。僕だったらストレートに算数の理解度を聞いてしまうところなので、同じ「学校の先生」のはずなのに、底流にある考え方の差に驚きました。

片岡の授業の様子

 

西部小で一番印象的なのは、小学校の先生が個々の子どもを、そして子ども同士の関わりをよく見ていることです。何が得意で何が苦手かだけでなく、人間関係の変化まで、僕にはない感度の高さで気づき、校内研修で授業を振り返る際に話題にする。子どもと日々を過ごす中で見え方が磨かれていくのでしょうか。端で聞いていてうらやましい限りのエピソード記憶力でした。

その感度を生かして、一人一人が活躍する場面を、多くの授業で作ろうとする先生に出会いました。授業の内外で、みんなが居心地よく教室で過ごせるよう配慮されているのが伝わってきます。小学二年生の算数では、図形との出会い方を工夫し、子どものつまずきや発見がどこで起きているのかを考え、改善し続ける若手の先生の授業に、胸が熱くなりました。ベテランの先生が20年以上も続けているという、子どもが自分の得意なことをみんなに教える授業も、とても面白かった。自分では気づかなかったけれど、小学生の頃の自分も、こういう見えない配慮に支えられて生活していたのだろうか…そう思わされます。

そんな僕にも、学校が子どもたちの生活の場であると実感できる日もありました。11月のある日、担任体験をさせてもらったのです。授業は基本的に他の先生が受け持たれて、僕はサポート役として一緒にいただけでしたが、それでも、朝の時間に、この日だけ僕が書いた学級通信「サーカス」を読んだり、紹介した本を数名の子に手渡したり、給食の時間に子どもの出すクイズに答え続けたり、掃除の時間には、トイレのブラシでカーリングごっこをし続ける男子に笑ったりと、ちょっとした担任気分。小学校の先生は、こんな風に日々を子どもと過ごすことに充実感を覚えているのだろうな、だから、教科ごとに教えるというより、子どもの生活丸ごとをみたいのだろうな。そう思える一日でした。

西部小での日々が、授業とは何か、学校とはどういう場所か、そして自分は何をしたいのかを、自分に向かって改めて問う機会になっています。僕自身は、興味のベースが子どもにあるというより、「まず自分が教科の勉強をしたい」タイプ。そんな自分がどうやって小学生相手に楽しくやっていこうか、西部小で過ごしながら、四月からの自分を想像しているところです。

西部小との連携は、自分に関しては、今のところ一方的にお世話になりっぱなしです。僕がしていることは、時折、授業見学の感想や国語の教科書教材について、連携通信である「西風だより」に書いているくらい。幸い、読んでくださった先生からお声がけいただくこともあって、これも継続する励みになっています。

今はまだ、来年度に向けて学ぶ日々。風越学園と地域の学校の本当の意味での連携が進むのは、四月以降に風越学園が始まってからでしょう。私たちと西部小のスタッフがお互いの実践を持ち寄って学び合い、ブラッシュアップすることで、お互いの現場と、地域全体の教育に貢献していきたい。西部小は自分にとっての初めての公立小学校。来年以降もつながりを大切にしていきたいと思います。

澤田 英輔

投稿者澤田 英輔

投稿者澤田 英輔

学ぶこと、言葉で考えて表現することが好き。これまでの自分の環境と異なる軽井沢風越学園で、どんな経験ができるか楽しみにしています。

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