2020年11月24日
ホーム「か」のカレープロジェクト、田んぼでのお米作りの稲刈り、脱穀が終わった。
今年も長雨の日照不足で茎の分けつが進まなかったりと天候不順に気を揉んだが、なんとか実ってくれたのでうれしい稲刈りとなった。
慣れない鎌をふるって初めて稲を刈る人も多く、慎重に刈り進める。どんどんできる稲束を、藁を使って大人もサポートしながら縛っていく。
そんな中でも生き物博士のシンノスケ師匠は、カエルを探しながらジグザグに刈り進む。「あーあ田んぼ乾いちゃったな、早く水入れないと困る子たちがいっぱいいるんだけどな。」彼の目に映るここの景色は、様々な生き物が生息する環境としての田んぼ。見えない小さな息遣いも拾い上げながら、みんなに知らない世界を見せてくれた。
一方、学校でも間近で稲を観察したい・・と校舎の発泡スチロール箱に田植えした稲たち。田んぼの土、学校の校庭の土、ただの水に植えてみて違いを観察。さらには1本植え、2本植えと3本植えでは違いがあるのか?とこれまた実験のように箱を分けて観察していた。
土がなくても水だけでこんなに育つのにはびっくり。さらに田んぼと校庭の土や植える本数でこんなにも違いが出るのにもびっくり。
そしてどれも小さなお米を実らせ、(なんと土がなく水だけのにも稲穂が!でも中味はほとんど空だったが。)でんぷんなどその成分も調べてみたとか。
この箱の稲たちの稲刈りを、兄弟ホーム「あ」の1,2年生の子どもたちに見せたことから、脱穀の日には田んぼに「あ」の子どもたちもやってきた。
はぜかけした稲を見て「どうして逆さまに干すの??」『茎の甘みも逆さにするとお米に降りてくるんだよ』、「へえー。美味しそう。」
足踏み脱穀のぶんぶん回る昔の機械を見て、「すごーい、お米が飛んでる!」。
「羊はどの草が好きなんだろう?」と、えさ箱に違う草を入れてみてあげようと工夫する。でも羊を追いかけては逃げられてしまい、どうしても草をあげたくてじっと待つ後ろ姿・・・。
どの子のアンテナもピピっと何かを感じ取り、あちこち散らばってそれぞれやりたいことをしているが、どこかでなにかを見つけている感じ。
「なんで黒米って茎まで紫色になるんだろう。」
「鎌って考えた人すごいね、始めは包丁みたいなので刈ってたのかな、曲がってた方がいいかなとかギザギザさせたら刈りやすいとか気がついて作ったのかな。」
「なんでひもで縛らないで、ぬれた藁でしばるといいの?ひものほうが強くない?」
「このカエル、変な色!」
と次々に様々な発見、気付き。
田んぼには、普段なかなか感じることのない、?がいっぱい。それはずっと作りつづけてきた土があり、豊かにたたえる川の水があり、そこで働く人々の暮らしがあるから。
学園の子どもたちにその息遣いを伝えたいと思うあまり、学校の敷地内に田畑があればたくさんのことを感じてもらえるかな、と画策したこともあった。しかし、元々林や草地だった場所に田んぼを作れば生態系も変わってしまうし、川から水を引くにも高低差があれば不自然に流すように無理をしなくてはならない。
代々田んぼだった場所にはその良さがあるし、そこへ出かけてもらって「あ」や「か」の子どもたちのようにいっぱい五感で感じてもらうほうが、きっとよいと思い直すに至った。
さて、いよいよこのお米がカレーのお供になる日も近い。
浅間山の麓に来て20年。たくさんの命に出会ってきました。淡々と生きる命、躍動する命、そして必ず限りある命。生きるって大変だけど面白い。そんな命が輝く瞬間を傍らで見ていたい。一緒に味わいたいです。
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