2019年6月3日
あっという間に6月。4月に起きたことが、ものすごく昔のように感じます。
4月に20名近いスタッフを迎えるにあたって、3月に甲斐崎と一緒に「風越ベース」をつくりました。これは、何を足掛かりにしてカリキュラムを考えていくかの大枠のようなものです。あれこれ盛り込むのはぐっとこらえて、具体的なことはスタッフが決められるように、ここだけは共有したいという土台の部分だけに留めました。
僕たちがやろうとしていることには正解がないし、どういうかたちがいいか誰にもわからない。そんな中で学校をつくるには、スタッフ自身がつくり手になるということが決定的に重要で、試行錯誤してつくる、つくったものを改良したり壊したりして、さらにより良いものをつくる、というサイクルをたくさん回したいと考えたからです。
現在スタッフは2つのチームに分かれ、カリキュラムをはじめとする学校について、つくっては壊すを繰り返しています。役割分担をするのではなく、全員が全部に関わるのです。たとえば養護教諭も保健室のことだけを考えるのではなく、国語や探究のカリキュラムについても他のスタッフと一緒に検討している姿があります。自分の専門と、学校全体のことを行ったり来たりしながらつくるのが風越らしいと思うからです。
僕は、この2つのチームに対して、できるだけ一人ひとりに起きていること、グループに起きていることを丁寧に観ることを心がけています。最初の頃は、何か思いついたアイデアや情報を言わないようにしていました。僕の話すことで、ぐっと自分の考えに引き寄せてしまわないかを心配していたのです。しかし思っていた以上に頼もしいスタッフの存在に、今は遠慮は必要ないなと思っています。遠慮することは誠実じゃないなと思い直して、僕はこう考えている、こういうこと思いついたんだけど、ということは話すように心がけています。
僕の考える“よい組織”は、”よい教室”と同じです。”学んでいる”、”学び続けている”、”学び合っている”、”変わり続けている”。今まさにスタッフの間で、びっくりするくらいそんな状態が起きています。
そんな中で僕だからできることってなんだろう。スタッフ一人ひとりが、必要なタイミングで必要な情報や人とつながり、自分の枠を越えて越境した学びを進められるサポートなんじゃないか。スタッフが潜在的に思っているだろう願いや、もう少しで芽が出そうなことについて、ちょっと背中を押すようなこと。学ぶ、変わることのサイクルをスタッフ自身でまわしていけるようになるきっかけづくりさえできれば、新しい化学反応が起きる。そのためには、よく聴くこととプロセスを観ることが大事だなと思っています。
プロセスでは日々いろんなことが起きていて、どの場面でどんなふうに関わろうかは悩みどころです。今のところ、起きているプロセスを言語化して共有し、それについてどう扱うかはスタッフ自身に任せるというやり方をとっています。最近思うことは、意思決定と合意形成は違うということ。学校が開校したら、いちいちみんなで集まって合意形成する時間はなく、それぞれが意思決定するしかありません。合意形成が前提だとスピードも鈍るし、どうしても妥協になりがち。「よりよい」と思ったら自分の責任で先ずはやってみて、それから振り返る。設立準備のプロセスでもそんなふうにつくっていかないと、一人ひとりが冒険しにくくなるんじゃないかなと思ったりします。一方で、意思決定を完全にスタッフに委ねられているわけではなく、まだ手探り。どんどん失敗していこうと言ってはいるものの、本当の意味で失敗を許容する土壌にまではなっていないのかもしれません。人は基本的に失敗したくないよね、という気持ちがある。それをどう越えていけるかはこれからのチャレンジです。
また、コミュニケーション上の対立を避けがちだったり、相手への踏み込みを遠慮していたり、という様子も見てとれます。「今までにない新しい学校をつくる」という目的よりも、「関係性の維持」が目的になり、対立を避ける傾向になりやすいと考えています。対立は本来、力になるはず。そのためにはどうすればよいかも、僕らのチャレンジです。
4月のはじめ、スタッフの馬野が軽井沢風越学園の学校づくりについて、”新しい「発明」に取り組める楽しさ”と表現しました。この発明を加速させるため、2つのチームにそれぞれ「発明費」として予算をつけ、どのように使うか含め委ねることにしました。さて、どんなふうに意思決定され、使われるでしょうか。
それにしても、改めておもしろいスタッフが揃っているなとつくづく思います。彼ら彼女らの小さな行動の一つひとつから、僕たちの文化ができつつある。結局、カリキュラムは人次第。だれでもうまくやれる完璧なカリキュラムなんて存在しないので、スタッフが学んでいる、成長している、育っているサイクルが続けば、カリキュラムは自然とより良くなり続けるという確信があります。
とはいえ、新しいことを決めることは、ときに不安になります。つい、過去の経験や慣れていることを選びがち。でもせっかくの発明できるチャンスなのだから、新しいことをつくることに恐れず進みたい。そのために、とにかくスタッフの当事者性を奪わないこと。僕がコントローラーを持って操作しないようにしようと肝に命じています。
幸せな子ども時代を過ごせる場とは?過去の経験や仕組みにとらわれず、新しいかたちを大胆に一緒につくっていきます。起きること、一緒につくることを「そうきたか!」おもしろがり、おもしろいと思う人たちとつながっていきたいです。
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