2019年5月19日
みなさんは子どもの頃、お菓子の家に憧れませんでしたか? 古今東西、老若男女、誰もが一度はお菓子の家に憧れたはずです。かくいう私も小さい頃に、グリム童話の中の「ヘンゼルとグレーテル」(読んだことはない!)という話の中に、お菓子の家が出てくると聞いて、「お菓子の家ってどんなんなんだろう…ずっと食べていられるのかなぁ…住んでみたいなぁ…」と密かな憧れをもった男の子でした。我が家には「おやつ」という習慣がなかったので、飢餓感にも似た憧れだったのを覚えています。
みう、まり、こよりの3人もそんな憧れをもった女の子たちでした。この3人組は3年生。みうとまりは同じ小学校ですが、こよりは違います。そんな3人組は、「探究の算数」のプロジェクトで出会いました。でも、彼女たちは、最初から意気投合したわけではありません。「探究の算数」が11月に始まったときの最初の探究テーマは、こよりが「自然洞窟のでき方」で、みうとまりの2人が協同で「川の流れをはかるには?」でした。なんか、算数っぽいことをやらなきゃいけないと考え、ひねり出すような思いでテーマを決めた感じでした。 「川の流れをはかるには?」のテーマの2人が、湯川(軽井沢を流れる清流)まで出かけ、実験し、計算し、流速を求めることまでやりとげた頃、こよりの「自然洞窟のでき方」は、うやむやなままでした。
年が明けて最初の風越こらぼの日、全体でこれからの探究テーマを確認したり、再設定したりしました。探究に一区切りついたみうとまりに、こよりも一緒になって「何やる?」という話に自然になっていったようです。この話し合いのときに、「お菓子の家を作りたい!」というテーマになりました。このときは、「算数らしいか」より「〜したい」が上回ったんでしょう。たぶん最初は、お菓子の家作りを「探究の算数」のテーマにしていいのか不安だったと思います。でも、これまでの「探究の算数」の様子を見ていて、「なんだか、何やっても算数の探究になるみたい…」ということにおぼろげに気付いていたから踏み切れたようです。世の中を、算数のめがね(※)で見さえすれば、それは算数の探究なんだって。同時期、「ちょうどよい固さのゼリーを作るには?」という探究テーマを設定したグループがあり、(これも算数なのか?という感じですが…)その様子を見ていたことも影響したのでしょう。彼女たちの「お菓子の家を作りたい!」という夢の実現は、こんな感じでスタートしたのです。
ここから全5回、約1ヶ月の彼女たちの探究をご紹介します。(日にちの次に書いてあるのは、毎回自分たちで設定している「問い」です)
この日に「お菓子の家を作るには?」という探究テーマが決まりました。さっそく彼女たちが手がけたのは家の見取り図です。ミニホワイトボードを用意して、そこに作りたいお菓子の家の絵を描いていきます。
見取り図を描きながら、彼女たちは材料についても話し合っていきます。壁はビスケットで、屋根はチョコ、煙突はトッポ、玄関の装飾にグミを使い、ビスケットは水飴でくっつける…という具合です。そして、誰が何を持ってくるか担当も決めます。もう、ドッキドキのワックワクですね。計画の段階が一番楽しいですよね。遠足の前日の気分です。
この日はまず、まりの探究ノートの「探究のようす」のところを紹介します。
「1度しっぱいした!でも… じけん!ボールがなかった!フライパンでやった!いちおうできた!と思ってれいぞうこにいれようとするとひっくりかえった!でも、けっきょくチョコを食べたらこげてて、にがくて、かりかりしてた!次へ、今日しっぱいした事を次にいかす!」
製作初日から失敗の連続だったようです。壁の基礎材に工作用紙を使いました。計画では、そこに水飴でビスケットを貼り付ける予定でしたが、どうやらチョコを溶かして使うことにしたようです。(後から聞いた話によると、保護者の方からアドバイスがあったそうです)工作用紙の幅に収まるようにビスケットを切りそろえます。
接着用のチョコは、普通湯煎して溶かすのですが、ここでまず一つめのトラブルです。ボウルがない!!仕方なく、フライパンでチョコを直に温めます。
溶けはしたものの、火力が高すぎて、チョコが焦げてしまいました。けっきょくそのチョコでは貼り付けることができず…。次に考えたのが、フライパンにお湯を張って、その中に小さな鍋を入れ湯煎すること。とてもやりにくそうでしたが、なんとか湯煎することができました。ビスケットをそのチョコで工作用紙に貼り付けたものの、冷却のために冷蔵庫に入れようとしたときに、両端をそれぞれ2人で持っていたので、バランスを崩しひっくり返り、バラバラと落下…。もう一度やり直して、なんとか横の1面だけを完成させてこの日は時間切れです。うーん、災難続きのスタートでした。
この失敗を3人はどうとらえたのでしょう。ふり返りを見てみましょう。
「いがいと思ったよりむずかしくて、しっぱいばかりしたけど、そのしっぱいを次にいかそうと思いました。」(まり)
「次からは、フライパンにチョコを入れるんじゃなくて、フライパンにおゆを入れてからチョコをとかすなべをよういするのを気づいた。おもったよりむずい。」(みう)
「いがいとむずかしかった。道具がけっこうなかったから、けいかくして、みんなでもっていく事になった。次は、もう一面のかべをしあげる。」(こより)
前向きですねぇ〜。そして、計画段階での甘さをしっかりと自覚しています。実際にやってみると、うまくいかないことのほうが多いのは世の常。そこからいかにして次へとつなげるかが大事になってきます。こういうときにも強みとなるのは、「〜したい」という強い思いなのだと思います。
前回の失敗を取り戻すべく、最初からとても張り切っています。まずは家の壁面を前回と同じ要領で仕上げていきます。今回は道具もそろい、手順もしっかりと共有できていて、とてもスムーズに作業が進みます。ビスケットをまずはきれいに敷き詰め並べます。湯煎もばっちりです!
次に、家の前面の壁に取り掛かります。ここにはドアと、飾りがたくさんつきます。まずは工作用紙の上でシミュレーションです。グミやチョコを隙間なく敷き詰めていきます。ビスケットを敷き詰める場面と同様に、ようやくちょっと算数的なことになってきました。
後面の壁はホワイトチョコ、これは材料的にうまくいかなかったようです。でも、これで4面完成しました。最後のふり返りで、屋根をどうするか話し合ってこの日は終了です。以下、彼女たちのふり返りです。
「よこの面は、この前よりぜんぜんうまくできたし、前はむずかしいけど(いろいろなしゅるいがあって)、一回でいいかんじにできた!」(こより)
「今回のはほとんどせいこうしたけど、ホワイトチョコがしっぱいしたから、次からは同じ方こうにぬってやる。次もしっぱいしないで、早く作ってみたいです。次にやることは、やねのところと、かべをがんばりたいです。」(みう)
「〜したい」という強い思いは、人を動かすのでしょう。この日、彼女たちがこらぼに入室してきたときの顔つきからして違っていました。そして、手に持っている大量の材料や道具…これ、たぶん、おうちの人たちの前で「これが必要なの!」と力説して用意してもらったに違いありません。
あらかじめ学習の道筋を指導者側が計画した学習では、子どもたち自身がその学習にオーナーシップをもてず、「先生、何やるの?」という受け身な感じになってしまいがち。そこから「やったー!」となればまだいいですが、一番残念なのは「えーっ!やだー!」という声を聞くこと。もうそうなると一気に学習へのモチベーションはだだ下がりしてしまいます。(先生も…)
その点彼女たちは、次にやることを自分たちで決め、見通しをもって取り組んでいます。ですからやる気満々!!
始まるとすぐに、まだできていない屋根2枚を手際よく完成させます。壁4面と合わせて計6枚できたので、いよいよ組み立ての工程に入ります。部品をいきなり組み立てるのではなく、まず工作用紙でモデルを作ることにしたようです。作りながらどうやって組み立てるかの相談もしています。
その途中、彼女たちはある重大なことに気づきます!!
「足りない!!!!」
切妻屋根なので、その両端の壁は五角形に作らないと、壁と屋根の間に隙間ができてしまうんですね。あわててその隙間を埋めるために、三角形の壁を2枚作り始めます。
しかし、このモデルは実寸大ではなかったので、「せっかくなら同じ大きさでやったら?」と私のほうからアドバイスをします。あらためて、今度は工作用紙から実寸大に切り取ります。まずは壁4枚をつなげ、筒状の立体を作ります。ここから、屋根と壁面の間の三角形の部分を作る動画が続きますので注目してご覧ください。ここがこの探究一番の算数的なところ!笑。
この三角形は二等辺三角形です。3年生の学習内容なので、作図はお手の物…と思いきや、かなり適当な感じで作っていきます。さて、彼女たちは、二等辺三角形の性質を理解した上で作図していたのか…さあ、どうでしょう? ただ先生が教えただけでは子どもたちは「知る」だけの段階です。それを「できる」、「理解する」の段階にもっていくためには、実際にやってみること、使ってみることが必要だということですね。
でも、いいのです。彼女たちの目標は二等辺三角形の性質を理解することでも、作図をできるようになることでもないのです。「お菓子の家を作りたい!」なのです!!
隙間にぴったりとはまりましたが、最後の動画で彼女たちはもっと大事なことに気づきます。二等辺三角形の部分、ここ、チョコで作ってないじゃーん!と。あわててその紙にもチョコを塗り付け、ようやくすべての部品がそろいました。その日はこれで作業終了です。
さて、壁4面のうち2面を五角形にしなければいけないことは、お菓子で壁を作るときからスタッフはわかっていました。でも、アドバイスはしませんでした。二等辺三角形の正確な書き方を思い出させるためのアドバイスの声かけもしませんでした。でも、モデルの家を作るとき、工作用紙を実寸大に切り取ったほうがいいよとアドバイスしました。アドバイスをするかしないかは、見守る側からすると、とても気を使うところです。言い過ぎると子どもたちの達成感が薄れます。でも、たとえ失敗しようとも、自分たちで乗り越えられると判断できるようならば、アドバイスせず見守ります。再チャレンジする力の源は、「〜したい」という思いであり、その強さが失敗を乗り越えるためには必要なのです。
さて、最終日です。しかしこの日、こよりがインフルエンザでお休みという緊急事態に!家の組み立てを、みうとまりの2人で行います。
工作用紙で作ったモデルに、壁や屋根を両面テープで貼り付けていきます。お菓子でできた面だけで立体を作るのは、とても不安定で、失敗すると一気に崩壊という危険性があります。すべて最初からやり直しです。実際これまでにビスケットやグミがポロポロ落ちるのは常であり、また、そもそも壁が自立しなければ組み立てることさえできません。でも、工作用紙に貼り付ける方法ならば安心です。前回私がこの点だけアドバイスしたのは、この場面で壁が崩壊してしまうと、彼女たちはパニックに陥り、その状況を乗り越えられないだろうと判断したからです。
屋根を取り付けるのは、少しスタッフに手伝ってもらいましたが、2人で時間内に完成することができました。彼女たちの「お菓子の家を作りたい!」という探究は、大成功のうちに終了しました。
約1ヶ月のプロジェクト、トライアル&エラーを繰り返して彼女たちは課題を達成することができました。それを支えたのは(何度も言いますが)「お菓子の家を作りたい!」という強い思いです。軽井沢風越学園の探究が、子どもたちの「〜したい」をスタートにしているのは、こういうわけなのです。
ちなみにこのお菓子の家は、発表会で展示され、その後こよりが元気になってから3人で完成祝賀パーティを開き、めでたく皆のおなかの中におさまったそうです。本当の「〜したい」はこっちだったかも……笑。
※「算数のめがね」とは
私たちが、世の中の現象を見るときや、問題を解決するときに行っている算数的な活動のこと。「みとおす(予想する)」わける(分類する)」「くらべる(比較する)「ならべる(順列をつける)」「まとめる(整理する)」「かぞえる(計算する)」「はかる(測定・計測する)」「せつめいする(論理づける)」「きまりを見つける(法則を見つける)」「モデルやパターンを作る」「表現する(図をかく・立体を作る)」「位置関係に注目する」「2量の関係に注目する」など。子どもたちは毎回、今日はどのめがねを使ったかを思い起こし、ふり返りを行い、探究ノートに記入している。
※ 参考に、ぜひこちらもお読みください。『軽井沢風越学園の学び(1)「〜したい」という情熱から出発する』岩瀬直樹